機械書房、トワイライライトの店主が選ぶ。今を生きる詩人たちの本12選

今、この瞬間も詩は生まれている。それを同時代に味わえる喜びは同じ時を生きる人にしか持ち得ない贅沢だ。多くの詩を読み自身の書店で展開する2人が、現役の詩人の作品を挙げつつ紹介文をしたためてくれた。

初出:BRUTUS No.1008「一行だけで。」(2024年5月15日発売)

text: Ryu Kishinami, Mitsuhiro Kumagai / edit: Ryota Mukai

選んだ人:岸波 龍(〈機械書房〉店主)、熊谷充紘(〈twililight〉店主)

国内

『する、されるユートピア』著/井戸川射子

詩があった、それで良かったです、
体だけでは感動を与えられないから

「ニューワールド」より
『する、されるユートピア』著/井戸川射子
この詩集で中原中也賞を受賞し、『この世の喜びよ』で芥川賞を受賞した井戸川射子さんの魅力は、言葉のみずみずしさ。知っているはずの言葉が組み合わせによって新たな姿を見せ、言葉でできている私を組み換えてくれる。本書は一言では表せられない喪失感を、言葉を尽くして体の中に浮かび上がらせる。言葉を紡ぐ私がいる限り、大切な思い出は消えないと思える。青土社/1,760円。(熊谷)

『冬の森番』著/青野暦

ごはんを食べて、反復に満ちた味気のない会話をしていたい。

「天国と地獄」より
『冬の森番』著/青野暦
青野暦さんの魅力は明るい諦め。文學界新人賞を受賞した小説『穀雨のころ』では閉塞感から抜け出そうともがく姿が描かれ、この詩集からは閉塞感を受け入れた先の明るさが感じられる。絶望を見て見ぬフリをするわけではない。絶望という大きな感情に圧倒されて頭でっかちにならないために、詩によって、自分に似合うサイズに言葉を小さく解きほぐしていく。思潮社/2,640円。(熊谷)

『ハイドンな朝』著/田口犬男

詩になると円になる

「詩 Ⅴ」より
『ハイドンな朝』著/田口犬男
第2詩集『モー将軍』の時からそうだが、日本の詩人にはない感覚で書かれた詩からは、高貴な外国文学の薫りが立ち上る。それこそ本作は前作『聖フランチェスコの鳥』から約12年の沈黙を経て刊行されている。時間と空間を超えて美術館に飾られた西洋絵画を鑑賞するように、厳選された言葉を噛み締めるように味わってもらいたい。完璧な円のように壮麗な詩集だ。ナナロク社/1,870円。(岸波)

『きみと猫と、クラムチャウダー』著/佐々木蒼馬

街灯が小刻みに点滅していることにはもうずいぶんまえから気づいていた

「帰途」より
『きみと猫と、クラムチャウダー』著/佐々木蒼馬
キュートなイラストの表紙が目印。日常で街を歩きながら観察した景色やそこから生まれた思考を、生活に根ざした言葉で丁寧に詩にしている。普通に生活していたら忘れてしまうような記憶も、この詩人にかかると突然文学に変わる。タイトルにも込められているように帰るべき場所があることの大切さもきちんと書かれている。七月堂/1,650円。(岸波)

『皆神山』著/杉本真維子

わたしが何かしたか。

「室内」より
『皆神山』著/杉本真維子
2023年の最大の収穫と言ってよい詩集だ。詩としか呼びようがないほどの強靱な言語感覚で、最初から最後まで詩集全体を貫き通している。「わたし」も「あなた」も「ひと」であり生物である。いつなんどき立場が反転するかはわからない。わたしが何かしたか。この最後の一行に辿り着いた時の、この詩集の神々しさにはただただ畏(おそ)れるほかない。萩原朔太郎賞受賞作。思潮社/2,640円。(岸波)

『あかるい身体で』著/海老名絢

ビニール傘越しにビルの光が滲む

「身体を流れる」より
『あかるい身体で』著/海老名 絢
水辺のきらめく光まで切り取るように、一瞬一瞬を言葉にしていて写真のような詩が並ぶ。ハレーション(詩集の中にもこの題名のものがある)とはレンズに強い光源が入ることで画像の一部が白くボヤける現象を指すが、世界と自分の間に透明な膜を張ったような視線が、みずみずしいストレートな感性と相まって、鮮やかさと同時に揺らぎを詩に与えている。七月堂/1,650円。(岸波)

海外

『かつらの合っていない女』著/レベッカ・ブラウン、絵/ナンシー・キーファー、訳/柴田元幸

いつかある日
わたしたちはみな
同じことを知るだろう。

「いつかある日 THE FUTURE」より
『かつらの合っていない女』著/レベッカ・ブラウン
『体の贈り物』『ゼペット』などで知られるアメリカの作家、レベッカ・ブラウンの魅力は呪文のようなリズムを持った文章。この詩集はナンシー・キーファーの絵に触発されて紡がれた。社会や政治への絶望も感じるが、いつか、だろう、いつか、だろうという渇望に満ちた祈りの言葉に、未来が照らされる。思潮社/2,200円。(熊谷)

『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』著/ポーラ・ミーハン、編訳/大野光子、栩木伸明、山田久美子、河口和子、河合利江

未来は
今や澄みわたって空っぽ
まるで空のよう

「握りこぶし」より
『まるで魔法のように ポーラ・ミーハン選詩集』著/ポーラ・ミーハン
アイルランドの詩人、ポーラ・ミーハンの魅力は、詩から声がすごく聞こえること。ミーハン自身の声や、聴いた声、過去から受け継がれてきたたくさんの声が聞こえてくる。ミーハンなら私の声も聴いてくれるかもしれないと思える。この詩集はたくさんの声が響き合う居場所。思潮社/2,860円。(熊谷)

『思い出すこと』著/ジュンパ・ラヒリ、訳/中嶋浩郎

『思い出すこと』著/ジュンパ・ラヒリ
ロンドンで生まれたジュンパ・ラヒリは家族と共にアメリカに移住。作家として成功を収めた後、ローマに暮らしイタリア語で執筆を始める。そんな彼女に似た経歴を持つ女性ネリーナをめぐる作品。ラヒリは作家、詩人、研究者という分身を演じる。自分の生に触れるためにあらゆる視点を導入する。言葉だけが住み家になるという切実さ。新潮社/2,200円。(熊谷)

こうしてわたしは死者となる。

「昔は空港で胸が躍った」より

『わたしたちの登る丘』著/アマンダ・ゴーマン、訳/鴻巣友季子

だからといって、完璧な国を求めて励むのではない。

「わたしたちの登る丘」より
『わたしたちの登る丘』著/アマンダ・ゴーマン
バイデン大統領の就任式で本作品を朗読したアメリカの詩人、アマンダ・ゴーマン。武器のarmsが腕のarmsになり、傷つけるharmが調和のharmonyになる。韻を踏み、世界をポジティブに転換させていく詩の力を体感できる。完璧を目指すと排除されるものがある。誰も排除されない、互いの体に腕を回せる多様な社会を目指そうと思える。文春文庫/792円。(熊谷)

『引き出しに夕方をしまっておいた』著/ハン・ガン、訳/きむふな、斎藤真理子

しんしん降る 悲しい雪

「血を流す目 2」より
『引き出しに夕方をしまっておいた』著/ハン・ガン
この後に1行空けて「これが 子どもがつけてくれた私の名前」とあるが、まさに静けさに満ちた世界の中で言葉を降らせては儚(はかな)く消えていく美しい雰囲気は、小説『すべての、白いものたちの』も含むハン・ガン作品の本質を突いている。韓国文学の枠を超えて世界文学のスケールで構築された傑作詩集。クオン/2,420円。(岸波)

『赤の自伝』著/アン・カーソン、訳/小磯洋光

その先は時を刻む悪夢の赤いタクシー

「赤い肉、ステシコロスの断片」より
『赤の自伝』著/アン・カーソン
怪物ゲリュオンと英雄ヘラクレスのロマンスを現代へと舞台を移行し、壮大な詩としてカナダの詩人が歌い上げる。読んでいくうちに不思議と怪物ゲリュオンの方に人間味を感じ、2人の周りを鮮烈な赤のイメージが彩り、極上の舞台を観覧しているように心が揺さぶられる。やがてゲリュオンは思う。「僕たちは火の隣人だ」。書肆侃侃房/2,420円。(岸波)

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