詩歌の言葉を遠くまで運び、歌人と装丁家を魅了する美しい本の話

二人には装丁が美しい詩歌の本を24冊選んでもらいました。
名久井直子
詩歌の本ってちょっと嗜好品に近い感じがあるんですよね。
穂村弘
フォーマットが一定で、書かれた内容こそが商品だという新書のようなジャンルに対して、反対の端に詩歌の本や絵本がある。詩歌や絵本はそもそも判型からしてバラバラで、一つ一つ異なる世界がその中にあるということが物質レベルで表現されているんだと思います。
名久井
安全性や堅牢性も求められる絵本と違って詩歌は大人が読むことが多いから、例えばいきなり破ったりはしないだろうという前提で、ごく薄い紙を使うこともできる。物質的な選択肢も広がります。
穂村
黒紙に黒インクで刷ったのは瀧口修造だけど、ほとんど読めないようなものさえ成立するんだもんね。詩歌の本のあり方を考えてみると萩原朔太郎『月に吠える』の存在が大きい。あれが口語自由詩の起点となる歴史的な詩集だとされる理由の一つは造本にあると思うの。まだ美術学生だった田中恭吉や恩地孝四郎の仕事にインスパイアされて彼らの作品を起用した、決定的な装丁を持つ詩集です。
また、詩には文字の配列で見せるジャンルもあるけど、それはアルファベットの方がやりやすい。そんな背景もあって日本の詩歌の本はコンサバティブに寄りがちなんだけど、そこに挑んだ北園克衛の本は名久井さんも僕も選んでいますね。『夏の手紙』は羨ましいなぁ。
名久井
中も文字が大きくてかっこいい。『白の断片』はタイトルに反して中面の紙は真っ赤です。
穂村
詩人という以上にデザイナーとして高く評価されている人で、『鋭角・黒・ボタン』の装丁も。
ブックデザインの歴史に光を投げかける唯一無二の本
穂村
読みにくさって裏返しのかっこよさにも繋がるんだよね。『神々の旗 アルミ詩書』もその系統。これはなんとアルミ製の本。でもここには、孫悟空たちが探していたような世界の究極の秘密が書かれているのかもしれない。そんな雰囲気が漂っていると思いませんか?

名久井
演出が外側にまではみ出しているのが面白いんですよね。
穂村
武井武雄は童画家という肩書だけど、あらゆる本を作った人です。刊本作品っていって名久井さんがコレクターだから詳しいけど、139冊すべて違う特殊な造本にチャレンジしたシリーズの一冊です。
名久井
全ページレンチキュラー(見る角度によって絵柄が変化する)だったり。パピルスを使いたいと種から育て始めたり。とにかくその造本に向かってコンテンツを作り、絵も描いて製本までやる人です。
穂村
僕が好きなのは『花園の車』の頃。著者自装という流れで言うと、塚本邦雄も初期の歌集は自装ですね。『綠色硏究』の、文字をカラフルにするデザインはたぶん元ネタがあるんだろうね。田中一光っぽくも見えるよね。
名久井
『その箱と雲』も自装。辻節子は北園克衛の仲間ですね。
穂村
名久井さん、詩歌の本をたくさんデザインしているなぁと思っていたけど、もともと韻文をたくさん読むんだね。古いものも多いし。
名久井
小学校の図書室でサンリオの詩のシリーズに出会ったのが始まりです。サンリオが山梨シルクセンターだった時代の、やなせたかしのミニ詩集も持ってきましたよ。
穂村
白石かずこも2冊あるね。
名久井
穂村さんが選んだ『恋に日曜日はないの』は、フォアレディースというシリーズの一冊で、ADは宇野亞喜良。装丁は前田亜土で、沢渡朔の写真が使われています。ピンクの函入りの『四つの窓』は造本家の大家利夫による特装版です。
函の開口部が角丸になっていて革で縁取られているうえに、小口も斜めにカットされて本体と面が揃うようになってるんですよ!スルッと出てきて、入れるとカチンといい音がする。私的には史上最高の函です。
穂村
名久井さんは復刊の装丁を担当することも多いけど、時々のトップデザイナーが手がけた、中身は傑作だとわかっている本の新装版を担当するのって大変じゃないですか?
名久井
光栄な気持ちと重圧がない交ぜになっています。穂村さんの『シンジケート』もそうですよ!
穂村
装丁にも31年という時間の推移が影響する。まさに今のベストという形に仕上げてくださいました。
![『シンジケート[新装版]』著/穂村弘](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2024/06/8bcc320aa00bac137e4f55564f580382.jpg)
名久井
本ってその時その時で時代の顔をしていけばいいと思っていて。自分が手がけた本も、何年か後にまた違うデザインをまとって、内容はそのまま遠くまで運ばれていけばいいなって思っているんです。
穂村
不思議なのはさ、自分は全然おしゃれじゃなくとも自分の本には最高の服を着せたい、当代最高のデザイナーに頼みたいと思ってしまう。
名久井
穂村さんは、書けば書くほどいろんな人に装丁頼んで、素敵な本をいっぱい作れて羨ましいです。
紙の本が数十年、数百年先の未来に詩歌の言葉を伝える
穂村
漱石や鏡花の本がとても美しく物質性がある時代があった。それから小説は多数者のものになったけど、詩歌はそうなっていない。つまりマイナーだから美しくあることができるという一面もありますよね。
名久井
本ってとにかく息が長い物体で、例えば現存する世界最古の印刷物といわれている百万塔陀羅尼(だらに)経って今も読めるんですよ。今回選んだ本も数十年前に刷られたものがほとんどで、幾人かの手を経ながら今日まで残ってきた。綺麗な本を作れば大事にしてもらえて、時間が経ってまた日の目を見ることもある、デザイナーとしてはそんなロマンにかけたいという気持ちもあります。
他にも、穂村弘と名久井直子が選んだ装丁が美しい詩歌の本