一人の男の体から繰り出される多彩な技芸の数々を堪能する
『ぼくの伯父さん』という映画がある。ジャック・タチ監督による喜劇で、監督自らが主役の伯父さんユロ氏を演じた。映画そのものももちろん素晴らしいが、真っ赤な背景に手描き文字で「Mon Oncle」とフランス語で書かれ、中央にひょろりと背が高く、帽子を被ってパイプをくわえた伯父さんと少年が2人並ぶ、そんなポスターがとても印象に残る。見事にユロ伯父さんの洒脱かつ浮世離れした特徴を捉えたイラスト、これを描いた人物がピエール・エテックスだ。ポスター単体でインテリアアイテムとしても販売され続けているので、彼のことをイラストレーターとして記憶している人も少なくないだろう。
現在、ピエール・エテックスが監督した全作品のレトロスペクティブが開催中だ。さらに彼がイラストレーションを手がけた『ぼくの伯父さん』の小説版の邦訳版が出版された。なぜ、今エテックスなのか?彼の魅力とは?今回、上映の監修的役割を務め、書籍の翻訳を手がけた、編集者でもありライターの小柳帝さんにお話を伺った。小柳さんは『ぼくの伯父さんの休暇』の小説版の翻訳も手がけていたが、出版当時の1995年頃はエテックスと連絡がとれず、初めて会えたのは2008年のことだったという。
「映画界ではよくあることなんですが、エテックスさんの映画は、権利関係の問題で劇場では上映できない状況でした。僕自身は辛うじて、アーカイブのようなところで一通りの作品を観ることができてはいたのですが。しかし、前年のカンヌ映画祭のクラシック部門で『ヨーヨー』のリマスター版が上映されたこともあり、映画関係者の間では再評価の機運が高まっていたんです。そして、ご本人から映画の上映権を取り戻すための署名運動が起こっているという話を伺い、権利が無事戻ってきたら日本でも上映したいですねというお話をしました」
映画の隅々に表れる多彩な才能
作品の権利を取り戻す署名には、ジャン=リュック・ゴダールやレオス・カラックス、ミシェル・ゴンドリー、デヴィッド・リンチなど、錚々たる映画人が名を連ね、5万人以上の署名が集まったという。晴れて2010年に権利が監督の元へと戻り、すべての作品が本人監修のもとデジタル修復されることとなった。
今回上映されるのは長編4本と短編3本の計7作品。そのうち6作品が日本で劇場初公開となる。エテックス作品の魅力を聞いた。
「まず、エテックスさんは映画の監督だけでなく、イラストやパントマイムの世界でも、また俳優としても、道化師や手品師としても一流の仕事をした、ものすごく多才なアーティストだということ。フランスは、ジャン・コクトーやサン=テグジュペリなど全然違う分野で、しかも卓越した才能を発揮した人が多い。そういう意味ですごくフランス的な存在だと言えるのかもしれません。彼の仕事としては、タチの『ぼくの伯父さん』のポスターが有名ですが、映画の中に登場する伯父さんの家やギャグ等、様々なところにエテックスさんのアイデアが使用されていたそうです。
そんな彼の原点と言えるのが、サーカスの道化師。その技術もかなりのもので、フェデリコ・フェリーニの映画『道化師』に、お気に入りの道化師の一人として抜擢されたり、その器用さを買われてロベール・ブレッソンの映画『スリ』に起用されたり。サーカスへの思いは強く、後に妻となるアニー・フラテリーニと道化師のコンビを組み、サーカス学校も作るんですが、そこからシルク・ド・ソレイユのメンバーも輩出しています。エテックスさんのサーカスへの思いが一番出ているのは『ヨーヨー』ですが、どの作品を観ても、彼の道化師としての魅力はご堪能いただけると思います」
道化師で培った手先の器用さは、イラストレーションにおいても遺憾なく発揮される。映画と本の双方でエテックスの才能にぜひ触れてみてほしい。
エテックスを知るための映画、本
『ピエール・エテックス レトロスペクティブ』
『ぼくの伯父さん』