変化し続ける緑と動物に囲まれた、
唯一無二の机
金属の細い脚に薄い木の板を載せた仕事机を「水に浮かんでいるような軽さがとても気に入っている」とパトリック・ブラン。ここから周りを見渡せば、さまざまな熱帯植物が生い茂り、その間をカラフルな小鳥が飛び交っている。ガラスの床下に視線を移せば熱帯の魚が悠々と泳ぐ。これが「植物の壁」を世界中に出現させ、都市や建築の風景を塗り替えてきた稀代の植物学者の仕事場だ。
十数年前に購入した家には、外に開けた窓や扉はない。中央に吹き抜けはあるが、4面を壁に囲まれた、ロフト付きの2階建てだ。が、これこそがパトリックが求めていた熱帯雨林の森を自宅に創るにふさわしい建築的環境だった。
深い森の上部から差し込む光を頼りに植物が繁茂するジャングル。そんな採光を再現し植物の壁を造った。そして生息する魚が養分を生み出す、豊かな温水が循環する巨大な水槽を仕事場の床下に構築した。
「水草が水を浄化し、魚のフンが植物を育て、魚の死骸を南米の亀が食べる。水辺に生きる多様な生命がほかを生かし、ほかに助けられて生きる。そんな生態系を作りたかった」と、パトリック。少年の頃から半世紀にわたり研究を重ねた末の、仕事場に不可欠なエコシステムの完成だった。
机上には、PCと筆記用具、眼鏡。そして、いつでも植物や小鳥を眺められるようにと、双眼鏡と記録用のデジタルカメラを用意している。
「ここでは音楽はかけない。小鳥のさえずりがBGMだからね。仕事の息抜きは生き物たちを観察すること。あえて僕のデスクの難点は、と聞かれれば、小鳥のフンが時々降ってくることかな」
熱帯植物に囲まれて心静かに机に向かう彼をこの生命に満ちた仕事場そのものが包み、生態系の一員として受け入れているかのようだ。