Drink

昭和初期に始まる、大阪のレジェンド酒場〈明治屋〉を訪ねて

全国それぞれの都市に、その町にしかない空気を湛えた酒場がある。いつかここで飲みたい。そんな一軒を軸に、旅の計画を立てたら、さあ出発しよう。

photo: Yoshiki Okamoto, Kunihiro Fukumori / text: M. Terashita

昭和13(1938)年の創業以来、店前に立ち続けるというブリキの看板には、長い時を語る微妙な凹凸。店内で柱時計の振り子がコツ、コツと時を刻む音も、深い飴色のラワン材のカウンターも創業時のまま。まさに昭和、小津安二郎のモノクロ映画のような空間に身を置けば、誰でも、旅心が震えるだろう。

2011年に一度、移築しているものの、建材や什器(じゅうき)の多くを忠実に移し、店内はまるで往時のまま、というこの居酒屋には……時が培った円熟味と端正さが凜々しく漂っている。

大阪〈明治屋〉外観
阿倍野の駅前ビル内、当世風のモール内。しかしこの暖簾(のれん)の内外は周囲と隔絶し、凜とした空気。

その端正さはもちろん、料理にも、酒にも。きずしのサバも漁港直送。菜の花の辛子和えなど季節野菜の煮炊きものや、湯豆腐などにまで、響く関西ならではの上品な薄口だしの妙は「80歳になる母が毎日、昆布とカツオで仕上げてますからねぇ」と、カウンターで燗付器を預かる4代目・松本英子さん。

酒選びも秋鹿あり新政あり、しかも至って手頃な値付け。「新政は15年ほど前からずっと入れてますわ」と屈託がない。そんな杯と小鉢の数々に触れるうちに、強く深く心に伝わるのは、昭和から受け継がれてきた手仕事の味の誠実さ、正直さというものだろう。空間の風趣以上に、その仕事の実直さと誠実さこそが、〈明治屋〉に八十余年の歴史をもたらした美しく不動の“心”なのだ。

大阪〈明治屋〉菜の花からしあえ、どて焼き
菜の花からしあえ300円、きずし550円、どて焼き500円。カウンターが特等席。