CRAFTROOM(大阪駅前)
いかにも大阪らしい、活気に満ちた飲食店が軒を連ねる大阪駅前ビルの地下フロア。まず足を運んでほしいバー〈クラフトルーム〉はこの一角にある。
店主の藤井隆さんはバーテンダーの世界大会『ワールドクラス』2016年準優勝という経歴の持ち主。今や関西を代表する新世代バーテンダーの一人で、イベントも多数プロデュースする仕掛け人でもある。独立して新たに構えたこの店、意外性あるロケーションに驚くものの、扉の向こうにはきっちりとイノベーティブなカクテルの世界が広がっている。
「空間は1920年代のアメリカの作業場をイメージしたもの。発酵ドリンクやビターズ、アロマウォーターを自作するのは、既製品に使いたいものがなかったから。店名にはカクテルや副原料を作る場所の意味を込めています」と藤井さん。
ラムをベースにグレープフルーツやジャスミンティーを合わせた「オリエンタルファーム」には、自家製コンブチャを合わせることで酸味に複雑さと旨味が加わる仕掛け。発酵アップルジュースにホップを合わせた「ホップ'n'アップル」は、ほろ苦さが余韻に。複雑な奥行きで、飲むごとに印象が変わるカクテルが揃っている。
BAR 識(心斎橋)
続いて、外国人観光客でひときわ賑わうミナミへ。繁華街の雑居ビル2階、2018年に登場した〈バー 識〉へ足を運んでみよう。
「テーマは“メロウ”。輪郭を持たず溶け出るような、色めき立つ味や空間を……」と静かに語る、店主の仲市敬佑さん。真っ赤な壁の内装は漂う香りも相まって、異世界への扉を開けたかのよう。まずはこれをと供される一杯は、ロングでなくショートの「メロウなジントニック」。
「ジントニックを爽快感やキレを楽しむものとすると、氷が解けたり温度が上がれば劣化になる。けれど最初から輪郭を曖昧にすれば、変化も含めて余韻を感じてもらえて、時間をかけて味わう一杯になります」
ラベンダーやゼラニウムが入り混じる花の香りから始まり、とろりと濃厚でありながら、ベルガモットの爽やかさも併せ持つ味わい。時間の経過で印象は変化しつつも、魅力は最後の一口まで変わらない。仲市ワールドが凝縮された一杯だ。
近年はミナミにも魅力あるバーが増えている、という彼の言葉通り、次にハシゴしたいのはこの近くに2023年2月に登場した〈ホロウ バー〉だ。
Hollow Bar(アメリカ村)
店主の福澤二郎さんは20歳の頃、暮らしていたスコットランド・エディンバラで、カクテルを通じてバーのエンターテインメント性やクリエイティビティに魅了されたという。バーを進むべき道と決めて、修業先に選んだのも、オリジナルのビターズやインフュージョンを使ったカクテルで知られる〈バー ナユタ〉だった。今やミナミを代表するこの人気店でキャリアを重ね、とうとう開いた自店の主役は無論、カクテル。
「今、魅力を感じているのはクラシックよりもクラフト。ハーブやスパイス、茶葉を自分でインフュージョンしたスピリッツを使うことや、飲み手の味覚や嗅覚を惑わせる擬似的な味を追求するのも面白くて」
まずは、と薦めてくれるのは「5.5」という名のカクテル。五感の少し先、という意味を込めたネーミングだ。いったん口に含むと、明らかに清涼感や果実感を感じるものの、ペパーミントやココナッツに思える風味は香木のパロサントからで、リンゴを想起させる香りも実はカモミールに由来するという。楽しそうに種明かしをする様子は、エンターテイナーそのものだ。
BAR JUNIPER Trinity(天満橋)
さらに、特化することで個性を際立たせているバーにも注目したい。
天満橋筋に面してオープンした〈バー ジュニパー トリニティー〉は世界各地のジンを揃え、「一次産業=農業、二次産業=製造業、三次産業=サービス業という3つの融合」をコンセプトに掲げる。店主の髙橋理さんは店内の水耕栽培室でハーブを育て、実験室さながらの蒸留器でアロマウォーターを精製、バーとしてカクテルを作り提供する。
「ジンは発祥の地であるイギリスのものを中心に、世界各地からプレミアムジンやクラフトジンなど300種類ほど揃えています。使われるボタニカルによって、味わいや印象が大きく変わるのが魅力」
稀少な銘柄も多いため、ジンそのものを味わうのも楽しいが、ここではやはりカクテルを。より自然な味わいを求めて行き着いたという自家製アロマウォーターと、数々のジンとの組み合わせは無限。例えばニューオリンズ・フィズなら、通常使うオレンジフラワーウォーターの代わりにレモングラスウォーターを用い、爽やかさを強調するといった具合だ。
ISTA COFFEE ELEMENTS(本町)
もう一つの特化系は〈イスタ コーヒー エレメンツ〉。店名通りコーヒーに焦点を当てたバーでありカフェでもある。店主・野里史昭さんは、イタリアンバールでの勤務をきっかけに、まずはバリスタとしてコーヒーの世界へ。2010年に現在の前身となる〈バール イスタ〉を開店すると、ラテアートに加えてコーヒーカクテルにも興味を持った。
「コーヒーの世界はとても狭くて深いもの。一方でカクテルの世界はとても広いように思える。同じ液体でも、そのクリエイションにはまだ見たことのない世界がある、と感じたのです」と野里さん。『ジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ』での2度の優勝などを経て、21年に店名と空間を一新。店内で豆の焙煎もスタートし「コーヒーを味わい尽くす」をコンセプトに、バーとしての一面も持つ店へと生まれ変わった。
店名を冠した「エレメント」は2色のクリームを注いで仕上げる、ショートケーキをイメージしたカクテル。ほかにも、農園でのコーヒーチェリーの収穫から一杯のコーヒーになるまでをグラスの中に再現した「メイキングストーリー」など、どのオリジナルからも彼のコーヒーへの愛情が伝わってくる。コーヒー好きにとっても、新たな世界を知るきっかけになりそうだ。
PENDULUM CLOCK(北新地)
最後は、大阪で最もバーが密集する重要エリア・北新地へ。〈ペンデュラムクロック〉をオープンする時、その空間は物語作りから始まったという。「テーマは18世紀のイギリスの画家、ウィリアム・ホガースの家と画廊。ホガースは当時、悪い酒とされていたジンに呑まれる人々を描いた風刺画『ジン・レーン』で知られています。
そしてジン密売の目印だったのがトムキャットと呼ばれる黒猫のサインでした。ここから先は空想なんですが、実はホガースもジンが好きで、家には黒猫が出入りしていたら面白いなと」とは店主の瀬川亮さん。エレベーターの扉が開けば、絵が飾られた空間。黒猫の足跡に誘われて奥へと進み、さらに扉を開けるとバーに辿り着く、遊び心ある仕掛け。そんな洒落っ気はクラシックのツイストにも見てとれる。
「4種のスピリッツを使うロングアイランド・アイスティーは、オーセンティックバーでは普段まず作らないカクテル。けれど自家製コーラを使い、アルコールを控えめにすれば、この空間にもふさわしいものになるのではと」。なるほど品良く爽やかに仕上げた、そんな一杯も面白い。
北新地と大阪駅前ビルは国道2号を挟んで向かい合うエリア。実はすぐ近くにある前述の〈クラフトルーム〉と併せて訪ねるのも、今の大阪を満喫する楽しいホッピングだ。
夜の街にも人々の姿が戻り、賑わいを取り戻しつつある中で、80年代生まれの店主たちがどんどん新しい店を作り、お互いにつながり、個性豊かに町を牽引する。新たに動きだした大阪のバーシーンから、目が離せない時代がやってきたようだ。