世界を変えるのは、新しい視点と新しい価値観。
デビュー作『あおい』から最新作の『おまじない』まで、いくつもの幸せと美しさの形を提示し、苦しい心、さみしい気持ちに寄り添ってきた西加奈子さん。「小説が大好きです」と断言する西さんにとって、本を読むことは、娯楽であると同時に「世界を新しい目で見るきっかけをくれるもの」なのだという。
「17歳の時にトニ・モリスンの『青い眼がほしい』という小説を読みました。世界の凶暴な価値観の前で、非力な黒人の女の子が“青い眼がほしい”と願う。美しさとは何かを問いかけ、当時女子高生だった私のかわいいって、本当に私自身が思っているかわいさなのか？という問いを突きつけられた、閃光のような体験でした。
同時に、小説の全部が自分の知っている言葉で書いてあるのに、見たことがない文章になっていることに衝撃を受けて、小説って私にも書けるのかも⁉と思うようになりました。それからはどの本を読んでも新しい視点をもらっていて、どれだけ自分が自分としてしか生きてこなかったのかを思い知らされている。本を読むたびに、自分の意識や価値観を破壊しているんです」
『世界と僕のあいだに』タナハシ・コーツ
アメリカで黒人男性として生きること、黒人差別の歴史と現在について、柔らかな語り口で描く一冊。「難しいけどどうしても読みたかった本です。アフリカン・アメリカンという肌感覚では理解できていなかった主題も、息子に話して聞かせるという体で書かれているから自分のこととして受け取れる。男はマッチョであらなアカン！というきつさは、現代日本にも当てはまるんちゃうかなと思いました」。池田年穂訳／慶應義塾大学出版会／¥2,400。
『くまちゃん』角田光代
20〜30代の男女7人が、恋をし、ふられ、連環していく“ふられ小説”。「これは人間を多角的に見る、ということを実現している小説です。完璧にかっこいい彼がほかの場面ではすごく怖がってたりして、無理してたんや、かっこつけてたんやと後から気づいたり、人のキャラって場所によって違うこともあるやろうし、恋愛における勝者が、別の場所では敗者やったりもする。それがすごく鮮やかな手さばきで、真摯に書かれています」。新潮文庫／¥590。
『TIMELESS』朝吹真理子
「土地に歴史があるって当たり前なんだけど、朝吹さんの作品はそれを軽々と超えていく。過去に遡るだけじゃなく、読みながら自分がもういなくなった世界のことを考えるのも楽しくて、それこそ脳の“時間”というリミットを外してくれる、まさにタイムレスな小説でした。こんなふうに朝吹真理子アイを装填して歩いたら、東京でもどこでもめちゃくちゃ楽しいやろな」。人を、時間を隔てる膜が翻り奇跡のような情景を見せる長編。新潮社／¥1,500。
今回挙がった10冊は、トニ・モリスンも激賞した『世界と僕のあいだに』に始まり、同じくアメリカに生きる黒人に焦点を当てた『奇跡の大地』や、セクシュアルマイノリティを主人公に据えた『ひとりの体で』などのフィクションまで多種多様だ。
「一人の作家としては、アーヴィングみたいな話を書いて死にたいっていう願いがあります。アーヴィングの作品は、大学時代に読んだ『ホテル・ニューハンプシャー』が最初で、それからは新作が出るたび、どうせおもろいんやろ！と半ば怒りながら買って読んでいます（笑）」
『HHhH プラハ、1942年』ローラン・ビネ
“ナチス第三の男”と呼ばれ、ユダヤ人大虐殺を主導したハインドリヒと、彼の暗殺を企む2人の青年の運命を描く。「まずは、歴史小説としてこんなやり方があるんや、と驚きました。この著者は本当のことしか書きたくない人で、誰々がこう思ったに違いない、と憶測で書くことすら嫌なタイプ。それに悩む歴史小説家としての自分も作中に登場させて、その自分がクライマックスの場面で混ざっていくんです。物語に真摯に、誠実に向き合う姿勢に感動しました」。2019年初頭実写映画が公開予定。高橋啓訳／東京創元社／¥2,600。
『極夜行』角幡唯介
冬の北極には太陽が昇らない。月と闇と沈黙が支配する世界の果てを、命をかけて突き進んだ探検家が書くノンフィクション。「私たちの物差しが、どれだけ小さくて脆くて壊れやすいかということを教えてくれる本。私の知らない世界、こことは全く違う世界がどこかにあるということが、すごく頼もしく感じられます。角幡さんがそこへ行き、その体験を文字化してくれることが嬉しいし、言語化することを目的にもされているらしくて、それも面白いですよね」。文藝春秋／¥1,750。
『偽姉妹』山崎ナオコーラ
「ナオコーラさんの作品って、新しい世界の見方を教えてくれるものばかりです。『偽姉妹』は、血の繋がりがなくたって姉妹になれるし、繋がっていても家族でいなくていいんだ、という話なんですが、これだって“世界の見方変えるぞ〜！”って力業じゃなくて、楽しく読ませてナチュラルに教えてくれる。いつも本当にかっこいいな！と思いながら読んでいます」。シングルマザーの正子が型破りな家族を作るさまを、巻き込まれるように読むのも楽しい。中央公論新社／¥1,700。
『奇跡の大地』ヤア・ジャシ
18世紀のアフリカで生き別れた姉妹とその子孫たちの運命を、4世紀にわたって描いた長編。「黒人が奴隷としてアメリカに連れていかれたという歴史は知っているけれど、白人に親和性のある部族が別の部族を売っていたという事実は初めて知りました。部族と父の異なる姉妹が子を産み、子孫たちがアメリカで出会うドラマティックな展開。だけど私たちだって同じで、ふと出会う誰かも連綿と続いてきたDNAの三角形の頂点なんだ、と考えるきっかけになった小説です」。峯村利哉訳／集英社／¥2,600。
そんな西さんにとって「心を開放する」とはどんな状態なのだろう？
「世界の輪郭を外すことやと思います。音楽を聴いてたら、自分と世界の輪郭がわーって淡くなるみたいに、小説も、物理的に交わることはできないけど、本に描かれる目線を借りることはできる。『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』を読んで、私は絶対ハッピーエンドを書くぞ！って思えるし、“俺こんなんでけへん”ってくじけそうな人がいたら、その人には“大丈夫、小説があるよ。
なんぼでも醜い心を書いてるから、任せてください！”と言いたいです。あとね、本は高いって言われがちやけどめちゃめちゃ安いで！ほんま人生変えてまうものが千なんぼで売ってるって、すごいことだと思います」
『ひとりの体で』ジョン・アーヴィング
女性と男性に惹かれる少年は、時を経て、周りの人たちも性の秘密を抱えていたこと、愛にはいくつもの形があることを知る。「死ぬこと、セックスすること、パンを食べることも、すべてが同一線上に置かれるアーヴィングの書き方にはすごく影響を受けています。小説はフラットだから、自分が反応する箇所について、なぜ今ここなの？と自分を顧みるきっかけにもなる。ただしアーヴィングはいつ読んでも面白い！なかでも特に好きな一作です」。小竹由美子訳／新潮社／上下巻各¥2,000。
『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』棚橋弘至
「プロレスが辛い時代のなかで、諦めず、何のせいにもせず、新日本プロレスをここまで立て直してこられた棚橋選手の言葉だから、めちゃくちゃ信じられるんです！棚橋さんには“圧倒的なベビーフェイス”を貫く勇気と優しさと愛がある。棚橋さんは一生懸命な人のことを笑わない。だから私も、人を馬鹿にするくらいなら頑張って殴られる側でありたいし、リングの真ん中で“愛してま〜す！”って叫ぶような小説を書こうって思えるんです」。プロレス界を牽引する男が語る、愛と真実の言葉。文庫版もあり。飛鳥新社／¥1,389。
『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
「フェミニストっていうと男の人はひるむんです。でも男性こそジェンダーから解放される必要があると思う。デートのお金だって“たくさんもっているほうが払えばいい”し、しんどい人がしんどいって言える社会がいい。女性も男性も、それぞれが好きなことをやる社会を目指すべきなんじゃないかと思います」。“フェミニスト”という言葉からステレオタイプの軛を外すための提言。TEDでのスピーチを基に書かれた語り口調が読みやすい。くぼたのぞみ訳／河出書房新社／¥1,200。
