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入浴法、歴史、まんじゅうetc.もっと温泉が楽しくなる14のトピック

温泉の種類ってどんなものがあるの?泉質と効能の関係は?日本人は縄文時代から湯に浸かっていた……。1日3度の温泉が欠かせない温泉ハカセ指導のもと、温泉がもっと楽しくなるさまざまな話題をご紹介。温泉初心者のゆのはなちゃんが学んでいきます。いざ、入湯!

初出:BRUTUS No.858「温泉 愛」(2017年11月1日発売)

illustration: inunco / text: Hikari Torisawa, Koji Okano / edit: Keiko Kamijo / cooperation: Tadanori Matsuda, Japan Spa Association

温泉ハカセとゆのはなちゃん

1.入浴法

湯に浸かるだけなんてもったいない!多彩に発展した入浴法の数々

民俗学者の柳田國男は風呂の原型は蒸し風呂だったと述べており、蒸し風呂はかなり古くから利用されている。秋田の後生掛(ごしょうがけ)温泉では箱から首だけ出す「箱蒸し」、鹿児島は指宿(いぶすき)温泉の「砂蒸し」などが有名だ。

落下する湯の下で肩や首筋、腰などに当てる「滝湯」も江戸時代に箱根の各地で見られ、マッサージ効果から「湯あんま」とも呼ばれた。

「時間湯」も江戸時代から草津に伝わる伝統的な入浴法だ。板で湯をかき混ぜ湯温を下げ(湯もみ)、頭から湯をかぶり、湯長の号令に従って「オー!」という掛け声とともに、48℃の湯に3分入浴する。入浴後は滝のように汗が出るが、この汗をたっぷり出し切るのが重要だ。

2.泉質

養生、治療、美容…自分に合う湯は?温泉を知るなら、まずは泉質から

旅館やエリア、景色、サービス等、温泉選びにはさまざまな基準があるが、温泉ラバーにとって「泉質」は外せないポイント。泉質とは、温泉に含まれている化学物質の種類と含有量によって決められており、色、匂い、肌触り、味、pH値や適応症は異なる。体調に合わせて泉質を選ぶのも手だ。自然の恵みゆえ同じ温泉は二つとない。泉質を参考に、複数入り比べるのも楽しいが、くれぐれも湯あたりには気をつけて。

3.歴史

縄文時代から人は温泉に入っていた⁉日本人と温泉の深い関係

日本人はいつから温泉に入っていたのだろう?最も古い温泉の痕跡は、約6,000年前の縄文時代前期に遡る。長野県の考古学研究家である故・藤森栄一が、JR上諏訪(かみすわ)駅前の土地を遺跡発掘調査していた際に、温泉が湧き出していた跡を発見。

銛(もり)で獲った魚をゆで、寒い時には入浴していたと推測した。文献に温泉に関する記述が見られるのは奈良時代以降。733年頃の『出雲国風土記』には現在の島根県の玉造(たまつくり)温泉についての記述がある。

老若男女が毎日のように集まり、賑わいをなし入り乱れて酒宴を楽しむ、出湯に一度入ると美しくなり、二度入ればすべての病が癒える「神の湯」だという内容が記されている。温泉は治療だけでなく娯楽の施設でもあり、人々が楽しんでいた様子が窺える。

4.動物

動物も温泉好きなもので。開湯にまつわる伝説の数々

「猟師がシカを射たが逃げられた。翌日同じ場所に行き、血の跡を追っていくとそこには温泉が噴き出しており、シカが傷を洗っていた。慌てて弓を構えたがシカは元気になって、森の中に消えてしまった」。これは、長野の鹿教湯(かけゆ)温泉に伝わる伝説。

同様に動物が湯で癒やされているところから温泉を発見したという伝説は少なくない。民俗学者の柳田國男は『山島民譚集』のなかで、シカやツル等は神からの使いの霊物であったため温泉の場所を伝令したと述べている。シラサギ(湯田川温泉/山形など)やツル(鶴の湯温泉/秋田など)、シカ(酸ヶ湯(すかゆ)温泉/青森など)、サル(俵山温泉/山口など)は伝説が多く、ネコ、イノシシ、タヌキ、クマ、ヘビ、タカ、キツネ、カメなんていうのもある。

5.まんじゅう

湯上がりのおやつにちょうどいい、温泉まんじゅうが定番になった理由

蒸し器からもくもくと蒸気が上がる姿は、温泉街の風物詩だ。蒸気の奥にあるのは、そう温泉まんじゅうだ。茶色い薄皮の中にあんこが詰まった温泉まんじゅうは、明治43(1910)年から伊香保(いかほ)温泉で営業する〈勝月堂〉(しょうげつどう)の「湯乃花まんじゅう」が発祥とされる。

東京の風月堂で修業していた初代店主の半田勝三が伊香保に帰省し、地元の名物をと依頼され、温泉の茶色い湯の花をイメージし、黒砂糖で作った。当時はほかに温泉水を生地に練り込んだものもあったらしいが、現在はほぼ使用されていない。蒸す際に立ち上る蒸気は温泉街に見事にマッチした。温泉色と蒸気、この2つが地元菓子を全国規模にまで広めた理由なのだ。

6.武将

熱海から江戸まで温泉の湯を運ばせる。徳川将軍家が受け継いだ湯治への熱意

戦国武将が湯治で温泉を訪れた記録は多数あるが、なかでも無類の温泉マニアだったのが、豊臣秀吉と徳川家康。秀吉は有馬温泉の虜(とりこ)になり、なんと民家65軒を取り壊し、近くに別荘を建造したほど。一方の家康は自らも湯治のため熱海へ赴いたが、湯を桶で京都まで運ばせて大名を歓待するなど、政治の道具としても利用した。

以降の歴代将軍も温泉を愛好。8代将軍・吉宗は9年間で3,643個の湯樽を熱海から江戸まで運ばせたという。檜(ひのき)の桶に汲んだ源泉を担ぎ、28里(約110㎞)の道のりを昼夜走ること約15時間。吉宗は湯を満喫した。こうした将軍の温泉愛が、後に武士や庶民の間で熱海の湯治ブームを巻き起こした。

7.本

読んで、浸って、また読んで。温泉旅のお供に連れていくべき5作品

日常から距離をとり、ゆっくり過ごせる温泉旅は、読書を楽しむ絶好の機会。本を選んで鞄にねじ込み、道中でも、宿でも、何となれば湯殿にだって持ち込み読みふけりたい。そんな欲望を満たしてくれるとっておきの温泉本を、温泉マニアの編集者・草彅洋平さんに教えてもらった。

8.寅次郎

人が出会い、絆を深め別れる場所。寅さんシリーズに見る温泉地の魅力

日本各地の温泉に出没し、恋をしたりケンカをしたりして人情を振りまき去っていく。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅。温泉地が登場する映画6本を紹介。旅館の人たちや地元の人たちともすぐに仲良くなる寅さんの姿を見ていると、今すぐにでも旅に出たくなる。

『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』別所温泉/長野県
旅先の別所温泉で、旅芸人の坂東鶴八郎一座と宿で大騒ぎ、一銭も持っておらず警察へ行く寅。呆れた様子で妹のさくら(倍賞千恵子)が代金を持って迎えに行くと、当の寅は風呂に行っておりツヤツヤした顔で戻ってくる。さすがの寅も反省し東京に帰るが……。

『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』温泉津(ゆのつ)温泉/島根県
旅先で出会った女性・絹代(高田敏江)と結婚をするとさくらとタコ社長(太宰久雄)を連れて温泉津温泉へ向かった寅次郎。だが絹代のところに行方不明だった夫が戻ってきたとフラれる。傷心の寅は旅に出て、歌子(吉永小百合)に再会。新たな恋が始まる予感が。

『男はつらいよ フーテンの寅学』湯の山温泉/三重県
寅次郎は温泉旅館の女将、志津(新珠三千代)に一目惚れして居着き、旅館の番頭として働く。偶然おっちゃん夫妻が旅館を訪れると、寅が現れたもんだから一騒動。股旅姿で舞う余興「旅笠道中」は、当時の温泉旅館の宴会の雰囲気が伝わってくる。監督は森崎東。

『男はつらいよ 寅次郎の青春』下呂温泉/岐阜県
寅次郎と理容院を営む蝶子(風吹ジュン)、満男(吉岡秀隆)と泉(後藤久美子)という2つの恋物語が進行。寅と蝶子が結ばれるかと思いきやそうはいかない。正月に下呂温泉で商売をしていた寅は、蝶子の弟(永瀬正敏)と偶然会い、結婚したことを知らされる。

『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』湯平温泉/大分県
湯平温泉に宿泊していた寅は、母を亡くしたばかりの三郎(沢田研二)に出会う。同じ宿に泊まった螢子(田中裕子)とゆかり(児島美ゆき)と仲良くなり、三郎は螢子に一目惚れ。シリーズには少ない入浴シーンがあるのも特徴。最後に鉄輪(かんなわ)温泉も登場する。

『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』田の原温泉/熊本県
タコ社長とケンカをして柴又を飛び出した寅は、熊本へ。道端に湧き出る湯に触って「あちっ」となる。田の原温泉だ。偶然留吉(武田鉄矢)と出会い仲良くなるが、宿代がなくなりさくらを呼ぶ。怒られながら柴又に戻った後、新しい恋の展開があるのだが……。

9.こけし

湯治文化から生まれた土産物こけし、集め始めると止まらないディープな世界

江戸時代後期に東北地方で湯治客への土産物として売られるようになったろくろ挽きの木地(きじ)玩具こけし。湯治文化が庶民の間にまで普及したこと、山中に住む木地師が山から下りて湯治場に住みついたことなどから、土産物として定番化した。色は主に赤・緑・黄と墨の4色。赤い染料には、無病息災や魔除けなどの意味があり、子供への土産や置物として人気が出た。

地域ごとに形や顔つきが違い福島県の土湯系、宮城県の遠刈田(とおがった)系、鳴子系、作並系、山形県の蔵王(ざおう)系、肘折系などがあり、違いを見るだけで面白い。コレクターがいるのも頷ける。シンプルかつ多彩なこけしは、イームズ夫妻の目に留まったことからデザイン好きにもファンが多い。東北温泉巡りの際は、マイこけし探しも、ぜひ!

10.奇湯

北海道とアゼルバイジャンの共通点とは、温泉好きなら一度は試したい石油風呂

国内でも珍しい石油の温泉がある。北海道の豊富(とよとみ)温泉は湯が石油や天然ガスとともに湧出することから、わずかに油分を含み、石油臭がする。

ヌルッとした肌触りの弱アルカリ性。皮膚の保温保湿効果、殺菌効果、抗炎症作用に優れ、アトピー性皮膚炎などにも適応。さらにすごいのがアゼルバイジャンで注目される原油風呂だ。真っ黒な原油は、皮膚炎、リウマチ、関節炎などに効果があり、近隣諸国からも利用客が絶えない。

11.難読温泉

地名の由来から、湯治場の起源まで、難解な読みから、温泉の歴史を想像する

約3,000ある日本の温泉地には、読みが難解なものも。「微温湯」は字面の通り、湯温は32℃とぬるめ。一方「猿投」はその昔、景行天皇が海に投げ捨てた猿が、逃げてすみ着いたとの伝承が由来だ。読み方を紐解きながら、温泉の起源や歴史に想像を巡らせるのも楽しいだろう。

12.看板猫

働き者の看板猫がお出迎え。癒やし効果抜群の、猫のいる宿へ行こう

気持ちの良い温泉、おいしい空気、美しい建築、温泉宿の魅力は数多かれど、看板猫と触れ合える宿に勝るものなし⁉猫好きの写真家&コラムニスト・伴田良輔さんが案内する、看板猫のいる温泉宿。猫情報が充実する『ネコ温泉』を手に、今すぐ訪ねたくなる3軒と4匹を紹介。

13.祭り

褌姿でお湯を掛け合い、鶏を追いかける。奇妙に映る祭りの光景にも正しき由緒が

湯の恵みに感謝すべく、祭事を行う温泉地は多く、なかには奇祭と呼ぶべきものも。褌(ふんどし)姿の参加者が紅・白組に分かれ、激しく湯を掛け合う、群馬県・川原湯温泉の『湯かけ祭り』。最後は紅白のくす玉を湯で割り、中から飛び出した鶏を捕まえた方が勝ち、という奇祭だ。

約400年前、温泉が涸れたことを嘆いた村人が鶏を生贄にして祈願したところ、源泉が復活。これを祝って始まった祭りが、今も続く。同じ群馬県の老神温泉『大蛇まつり』では、大蛇に仕立てた「大蛇みこし」が街を練り歩く。これは蛇と化して赤城山を守った神が、当地で傷を湯治したことに由来。奇妙に見える祭事も、実は温泉の由緒につながっているのだ。

14.用語集

温泉ラバーなら知っていて当然!温泉地で使ってみたい用語集

合わせ湯(あわせゆ)
泉質、泉温が異なる2つ以上の温泉を組み合わせ温治効果を高める。草津の酸性泉で生じた湯あたりを、近くの柔らかな沢渡温泉などで治した経緯から。弱い方を仕上げの湯と呼ぶ。

トド寝(とどね)
浴室の床に寝そべり、浴槽から流れてくる湯をまるでトドのように床でごろごろ浴びること。青森の秘湯・古遠部温泉が有名。背中部分にのみ湯があたるためのぼせず長湯できる。

ジモ泉(じもせん)
地域住民専用の共同浴場のこと。普段は組合員専用でも、曜日や祭りの期間に限定して一般公開しているところもある。電話もなく無人の温泉もあるので、訪問には注意が必要。

湯破(とうは)
ある一帯の温泉施設をすべて入浴すること(例:伊豆は湯破した)。入湯数を述べる時にも使用(例:湯破3,000!)。すでに入ったことのある温泉のことを既湯(⇔未湯)という。

湯浴み着(ゆあみぎ)
湯着、湯褌、湯巻とも。入浴の際に身にまとうもの。古くは仏典に裸体が戒められていたこともあり着衣での入浴が多く見られた。現在は一部の混浴や外国人用で利用されている。

湯口(ゆぐち)
引湯された温泉が浴槽に注ぎ込む給湯口の部分。湯口から最も遠い部分を湯尻という。湯口付近の湯は最も鮮度が高い。湯尻付近から入って湯口に近づいていくのが入浴マナー。

ワニ
混浴温泉で女性を待ち構えている性質の悪い男性客のことを指す。水中に潜み獲物をじっと見て狙う様子からこの名がついた。群れをなしていることもあるので女性は注意したい。