歌舞伎×アート、表現者としての対話
気鋭の歌舞伎役者として注目を集める尾上右近さん。曽祖父に名優・六代目尾上菊五郎を持ち、歌舞伎の舞台で演奏を担う清元の直系でもあるため、2018年には七代目清元栄寿太夫を襲名。前例のない“二足のわらじ”で活躍し、さらに歌舞伎界にとどまらず、今やミュージカル、バラエティ、ドラマ……と引っ張りだこの存在だ。
そんな右近さんの初となる書籍、『右近 vs 8人』が刊行された。本書は、日本の現代美術界を牽引する8人のアーティストのスタジオを訪れ、対話を通じて表現者としての深淵に触れる対談集。
対談相手には、井田幸昌、田名網敬一、エリイ、横尾忠則、舘鼻則孝ら、豪華な顔ぶれがずらりと並ぶ。アートが生まれる制作過程を覗き見できるような迫力ある写真も満載で、全ページカラーと見応えがある。
「小さい頃から絵を描くことが好きで、もともとアートには興味があったんです。美術館やギャラリーにもよく足を運ぶのですが、仕事が忙しくなるとなかなか難しくて。そんな時に対談のお話をいただきました。作家さんの制作現場を訪れることができるなんて、この上ない機会だ!って(笑)」と、右近さん。
対談から得た出会い
初回に訪ねた井田幸昌さんとは年齢が近いこともあり、すぐに意気投合したそう。対談での話題は、それぞれの幼少期の環境から、作ること・演じることへの思い、浮世絵にまつわるエピソードまでと幅広い。その話からは、畑は違えど、表現者として今を生きる若手同士の交歓が臨場感を持って伝わってくる。
また、「歌舞伎には先人というライバルがいますよね」という佃弘樹さんの言葉は特に印象に残っているという。
「それまで僕は、歌舞伎とは先人たちの伝統を守っていくものだと考えていたのですが、常に比べられているのは先人で、そのイメージと闘っていかねばならないんだ、と考え直すことになりました。この言葉にはパンチを食らったような衝撃がありましたね」
とりわけ横尾忠則さんとの出会いは強烈だった。横尾さんといえば、2000年代の初め頃まで歌舞伎のポスターのデザインを数々手がけ、歌舞伎ファンとしても知られている。
「ずっとお会いしたいと思っていた人だったんです。僕が知らない歌舞伎の逸話を聞けたこともすごく貴重でした。それに、横尾さんはどんな思いで制作しているんだろう?と考えていたら、“とっくに絵を描くことなんか飽きちゃったよ”と言ってのけてしまう、本当にチャーミングな方でした」
さらに、「いつか一緒に仕事をしましょうね」と話したことが縁となり、後日、自ら直談判。横尾さんが右近さんの公演ポスターをデザインすることが、なんと本当に実現することになったのだとか。
それが、2015年から右近さんが日々の情熱をぶつける自己研鑽の場として取り組む自主公演、『研の會』だ。今年開催7回目を迎え、8月2日〜3日に公演を控えている。あえて今までに演じたことのない古典の名作『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』と『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどううじょうじ)』に挑むのだという。
「8人の作家さんから共通して感じたのは、やはり自分に素直に向き合っていないと、なかなか人を感動させることはできないということ」と、右近さんは言葉に力を込める。
「人と関わるということが人生においての財産だと思います」という殊勝さと、「やらない仕事は……ありません」と、どんなことにも挑戦しようという心意気に、周囲の人々も突き動かされるのだろう。だが、その根底にあるのは、「歌舞伎をもっと多くの人に見てもらいたい」という強い思いだ。
歌舞伎って、難しくて、格式が高いのでは?と先入観を持つ人が多いのも確かだろう。それは、現代アートも同じかもしれない。本書では、歌舞伎とアートという異なる分野のプロフェッショナルの対話を通して、創り、伝えることに人生を懸けるそれぞれの人間性が言葉に滲(にじ)み出る。
読後には、「歌舞伎もアートも、一度観てみようかな」と、なんだか視界が広がったように感じた。そんな魅力に溢れた対談集である。