青梅のオーガニックファームが紡ぐ、新しい伝統
“循環”は、オーガニックファームにとって、とても重要なキーワードだ。育ちすぎたケールや畑に生える雑草、取引をしているレストランから引き取った生ごみを元牛舎の堆肥場で米ぬかや籾殻と混ぜて1年間じっくりと熟成させる。完熟した培養土を使って苗を育てて畑に植え、花が咲くと飼っているミツバチが受粉する。育てるための水は山から引いている。採種して、再び翌年の植え付けに備える。そうやって受け継がれていく野菜は、少しずつその土地に馴染んでいく。
青梅市にある〈Ome Farm〉は、都心からトップシェフたちが足繁く通う、およそ4.4ヘクタールの農園だ。ケールやパセリなど、シェフたちから本物であることを求められる西洋野菜のほかにも、江戸東京野菜を育てている。春には後関晩生小松菜やシントリ菜、夏には寺島ナス、といったように季節に合わせて、年間でおよそ12種類ほど。収穫量はほかの野菜に比べれば少ないが、短い旬をきちんと捉えれば、とてもおいしい。その江戸東京野菜は〈Ome Farm〉が大切にしている“循環”を長い期間、経てきた種。だから、「東京の風土に合わないわけがない」と、代表の太田太さんは言う。
「シェフたちが喜んでくれる野菜、つまり売れる野菜を作りつつ、伝統野菜を守っていく。その両輪が、新しい伝統を作っていくと思うんです。僕らは畑から新しい提案をしていきたいと思ってますから。都心からシェフがしょっちゅう来てくれて、一緒に畑を歩きながら採りたての生野菜を食べてもらって意見交換をするんです。彼らにもこちらから伝えることがたくさんある。バチバチやり合いながら(笑)、おいしい野菜とは?ってずっと研究してるんです」
“循環”という言葉には、人の交流も含まれている。「今年から、シェフたちが自分で野菜の面倒を見るための畑まで用意しましたからね(笑)」
シェフだけでなく、アウトドアブランド〈Patagonia〉の社員が通って一緒に作業するなど、異業種が交流する点として畑がある。
彼らの自然と共存するスタンスは野菜と一緒に広まり、全国から取り寄せの依頼が来るという。東京から地方へと発送する野菜。彼らの取り組みがいかに先進的で野菜がおいしいかがわかる。穏やかな気が流れる〈Ome Farm〉の畑はとても美しい。
〈Ome Farm〉の野菜が食べられるレストラン
カリフォルニア〈シェ・パニース〉出身のジェローム・ワーグによる神田〈the Blind Donkey〉、コペンハーゲン〈ノーマ〉出身のトーマス・フレベルによる飯田橋〈INUA〉、目黒〈Locale〉など外国人シェフからの信頼も厚い。原宿〈eatrip〉など先鋭的なレストランも。
*時期により、入荷がない可能性もあります。
*飯田橋〈INUA〉は2021年3月に閉店
江戸東京野菜とは?
江戸、それから東京となって範囲が広がった地域の風土に合わせて受け継がれてきた種を江戸東京野菜といい、現在50種存在する。練馬ダイコン、寺島ナス、内藤トウガラシのように地名がついた野菜が多いのは、東京中で競い合い人気のあった種が残されているからだという。
〈Ome Farm〉には江戸東京野菜コンシェルジュの資格を持つ島田雅也さんが所属するが、特徴をよく知っていなければ扱えないという。「昔は煮炊き用、生食用、漬物用など品種ごとに特徴がありました。だから同じ大根だけでも数種あったんです。旬が短く、大きくなれば色、味がボケる。ナスなら、ボケナスになってしまう。小さい野菜を作ることこそが、江戸の粋とされていました」
主な江戸東京野菜
春:ノラボウ菜
8代将軍・徳川吉宗が鷹狩りで出かけた小松川村(現在の江戸川区)で食べた青菜を小松菜と呼んだことに由来する「後関晩生小松菜」のほか、江戸初期に持ち込まれ西多摩地区で栽培されていた「ノラボウ菜」など、菜類が豊富。芯をお吸い物に使ったことから命名された「シントリ菜」も冬から春先にかけて食べられる。
夏:谷中ショウガ
夏には、現在の墨田区にあった寺島村を中心に育てられていた小ぶりの「寺島ナス」をはじめ、現在の新宿あたりで栽培されていた「内藤カボチャ」などがある。また、夏の盛りに食べられていたことから、別名「盆ショウガ」と呼ばれる葉ショウガ「谷中ショウガ」もある。栽培には清浄な水が必要とされる。
秋:馬込三寸ニンジン
元禄年間に栽培が始まったといわれ、1mにもなるしなやかな「滝野川ゴボウ」は、国内で栽培される9割のゴボウのルーツであるなど、多くの根菜類が創出された。ほかにも比較的新しい種である「馬込三寸ニンジン」は、それまで長さ1mもあるようなニンジンが主流だったが、長さ10㎝ほどでずんぐりしている。
冬:品川カブ
数ある大根の中でも特徴的なのが「亀戸ダイコン」。根が30㎝ほどと短く、荒川流域で栽培され、「おかめダイコン」「お多福ダイコン」と呼ばれていた。また大根のような細長い形の「品川カブ」もある。江戸時代には「滝野川カブ」と呼ばれ、主に漬物に使われていたという。栽培が途絶えていたが、品川で復活した。
通年
清流で育ち、将軍家へも献上されていた「奥多摩ワサビ」のほか、穂ジソ、木の芽などをはじめとした「足立のつまもの」などがある。