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おくやまゆかが読み、体験する、『いずみさん、とっておいてはどうですか』

高野文子ファンである漫画家、童話作家のおくやまゆかさんが、『いずみさん、とっておいてはどうですか』を読み、本の舞台にもなった東京・大田区の昭和のくらし博物館を訪ねた。

photo: Tomo Ishiwatari / text: Hikari Torisawa

漫画家を魅了した子供の時間を彩る物たちの記録

1979年『絶対安全剃刀』での商業デビューから、2022年公開のTVアニメ『平家物語』のキャラクター原案まで、新しい表現の扉をいくつも開いてきた漫画家の高野文子さん。最新刊『いずみさん、とっておいてはどうですか』が、昭和のくらし博物館との共著という形で完成、発売された。

二十数年来の高野文子ファンである漫画家、童話作家のおくやまゆかさんが、『いずみさん、とっておいてはどうですか』を読み、本の舞台にもなった東京・大田区の昭和のくらし博物館を訪ねた。

「高野文子さんの新しい本だということ以外に何も知らないまま読み始めて、本の構成にまず驚きました」とおくやまさん。「“玄関に荷物が届きました”と始まって、宅配便が届いた館内の絵が2見開き。おはじき、ままごと道具、人形や地図などの写真と日記に続いていきます」

日記の書き手であり、かつて遊んだ玩具や自身の日記、自由研究などを博物館へ寄贈したのが、本のタイトルにもある「いずみさん」。東京・池袋近くの町で暮らした山口家の長女で、妹のわかばさん、お兄ちゃん、父母、祖父母の7人家族と、同居していたちかちゃん、友人たちと過ごした昭和30年代の生活が少しずつ見えてくる。

「姉妹の玩具や日記の言葉を辿っていくうち、いずみさんという少女に焦点が合っていき、同時に、これがどんな本であるかが明かされていく。練りに練られた、でもひそやかな謎解きのような仕掛けに驚きつつ、あぁこれってまさしく高野文子さんの本だ!と嬉しくなりました。人形の写真と日記の文章から、かつて自分が作っていた人形のことを思い出し、それらを手放してしまったことを後悔したり。仮装した日のことを読んで、母から聞いた子供時代の話を思い出したり。本と自分がつながっていくというか、書かれていることに近しさを感じた途端に、穏やかな記述が物語になっていくような、不思議な、初めての読み心地でした」

おくやまゆか

本のもとになった企画展

昭和のくらし博物館に届けられた物品は、分類され、記録され、2017年の秋から『山口さんちの子ども部屋』展として公開されることになる(現在も公開中)。この企画展を構成したのが、本の著者でもある高野文子さんだ。
「高野さんは、荷物を最初に開封するときにも立ち会われ、企画展の話が出た際にも手を挙げてくださったんです」と、学芸員の小林こずえさん。

「何を選びどう展示するかのアイデアを出されるだけではなくて、資料一覧を図解し、人形を解体して洗って縫い直し、展示品を並べる小さな台や木箱などにとどまらず、展示室のカーテンや座布団まで手作り。ポストカードやきせかえ遊びなどのグッズもプロデュースしてくださいました。公開が始まってからもたびたび足を運ばれて、何度も手を加えられています」

数百点にも及ぶ資料にじっくり向き合う高野さんの姿は、『夕鶴』のおつうを思わせるほどだったとか。そんな高野さんの思いが込められた展示と細やかな手仕事が、本を読み、展示を見ることでますます立体的になっていく。

四畳半の展示室で長い時間を過ごしたおくやまさんが、「本にカラー写真でも収められていたお人形周りのもの、特に、小さな折詰のお弁当や紙キセカエのお洋服など、紙ものの現物を見られたのが嬉しい。ここに並んだおもちゃで遊んだときの楽しさや手触りまで、鮮やかに浮かんでくるみたいです」と言葉をもらす。

自身の漫画『むかしこっぷり』に読者から寄せられる、「自分の物語、自分の時間が描かれているようだ」という感想を、今回やっと実感できたとも。

「身近な人がどういう瞬間を内側に持っているのかを知りたい、自分が聞くだけで消えていってしまうのは惜しいという思いが強いんですが、自分の親に限らず、誰がどこでどんな生活をしていたのか、どんな子供だったのか、どんな時間を過ごしたのかを具体的に想像することってなかなか難しいですよね。

でも、この本とこの展示には、この時代の暮らしそのものが楽しげな空気と一緒に保存されていて、それをこうして読んだり見たりできることが、私の想像の解像度をぐっと上げてくれたように思えるんです。本の最後に置かれた高野さんのあとがきの、柔らかくも毅然とした文章がまた素晴らしくて。これまで愛読してきた、高野さんの漫画や絵本とはまた違った角度と距離感で、高野さんのお仕事を堪能することができました」