暮らしを作る、
手仕事の好きなもの
手仕事の日用品を扱うウェブショップ「みんげい おくむら」の奥村忍さんが本格的に「民藝」を意識し始めたのは、今から10年ほど前。当時は商社に勤めていた。主に食品を担当し、世界を相手に働くことへのやりがいは感じていたが、今の日本に、広く大量にものを持ってくることに、最後までぐっとこなかったという。
「それより、ターゲットは狭く少量でも、人の心に刺さるものを届けたいと思った」と奥村さん。何より決定的だったのは、転勤先の大阪で2年半、無味乾燥のウィークリーマンションに住んだことだ。
「息苦しかったですね。自分が好きなもの、誰かが手で作ったものが身の回りにあることの大切さを痛感しました。逆にいえば、そういうものを意識するだけで生活は劇的に変わるんじゃないか。そう思った時、民藝の考え方が腑に落ち、そこから今の仕事に辿り着きました」
住まいは千葉県船橋市の住宅街。2階建てのテラスハウスを2年前から借りている。中へどうぞと通された先にはさすが、奥村さんの好きなもの、今も残る民窯の器や手編みの籠、藍染めの布や木彫りの人形など、選りすぐりのクラフトの品々が家のそこここにある。
中でも目を引くのは、キッチンの器だ。その量も、夫婦2人暮らしにしては随分と多い。1フロア30平米にも満たない家の広さに対して、キッチンそのものが占める割合も、通常より随分と大きい。
「食べることを家の中心にしたかったんです。この家を借りて真っ先に入れたのは、幅1m60cmの業務用のステンレス台。大きな魚を家で捌けるようにしたかった。もともと料理好きなのもあるし、広い作業台があれば、友人知人と話しながら料理もできる。器が増えるのは仕方ないですね。店で扱う器は実際に使ってみないと提案できません。できるだけたくさんの器を使いたくて、友人を食事に招くことも多くなりました」
ところで、奥村さんの住まいが船橋なのは、ここが彼の地元だということと、月の半分は国内外の買い付けに飛び回る奥村さんにとって、羽田空港にも成田空港にも出やすい場所であることが重要だから。そして、この建物を選んだ一番の理由は、内装に自由度があったから。賃貸住宅として貸し出される前は建築家の設計事務所で、構造以外の改修OK。壁はラワン合板、床は杉の足場板と仕上げはいたってラフだが、その分、好きなところに釘も打てる。
「築15年。いい感じで味も出始めていて、ここなら暮らしようがあるかな、と。家に対する所有欲はなく、ある程度アレンジできる借家を、その時々のニーズで見つけられればいいかな、くらい。買い付けで頻繁に行く九州に家を借りることも考えていて、近々、2拠点居住を始めるかもしれません」
奥村さんならどんな箱でも、「人の手で作られた、自分の好きなもの」があれば、暮らしやすく整えられる。