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平野紗季子が石垣島〈さよこの店〉へ。日本一のサーターアンダギーに出会う旅

無類のサーターアンダギー好き、フードエッセイストの平野紗季子さんが向かったのは沖縄、石垣島。なぜならそこには、連日行列の絶えない人気店〈さよこの店〉がある。平野さんとともに、そのおいしさの秘密に迫った。

photo: Norio Kidera / text: BRUTUS

日本で一番おいしいサーターアンダギー
その味の秘訣とは

日本を代表するドーナツといえば、別名“オキナワン・ドーナツ”とも呼ばれるサーターアンダギー。小麦、卵、黒糖などを混ぜた生地を油で揚げる沖縄の伝統菓子だ。

今回、平野紗季子さんが訪れたのは、多い時には1日1000個売れる行列の絶えないサーターアンダギー専門店〈さよこの店〉。家族とともに、ここだけの味を生み出しているのが店主・東恩納(ひがおんな)さよ子さん。

「実は、昔はサーターアンダギーはボソボソしていて好きではなかったんです。でもある時、自分で揚げたてを食べてみたら食感も味も全然違った。それが、店を始めようと思ったきっかけ。揚げたてはこんなにおいしいんだよって伝えたいんです」

毎朝8時から厨房に立ち、砂糖味のプレーンや、紅芋、黒糖など7種の生地を仕込む。揚げたてを食べてほしいという思いのもと、“プレーンは10時頃、紅芋は11時頃”というように揚がる時間を店外の看板に載せている。そんな揚げたてのおいしさの秘密は生地にもあるという。

「うちは普通のレシピより卵を1.6倍くらい多く入れてます。そうすると外はカリッ、中はしっとりするんです。味ごとに卵の量や小麦粉の量、揚げ時間を調整しています」

さよ子さんの作業を熱心に見ながら、「早く食べてみたい!」と我慢の限界を迎えそうな平野さんのもとに揚げたてが到着。湯気を立てて黄金色に輝くサーターアンダギーを頬張る。平野さん、日本一のサーターアンダギーはいかがでしたか?

石垣島〈さよこの店〉外観
壁に描かれるのは、沖縄の伝承に登場する木の妖精「キジムナー」。地元の画家・仲間正則によるもの。

まるで雲を
食(は)むような

文・平野紗季子

「スーパーで買った惣菜つまみながら夕ごはんの準備するの楽しいよね。たこ焼きとかさ、生春巻きとかさ、ちょっとしたお惣菜」という会話で友達と盛り上がったことがある。しかし「わかるわかる〜」という流れで「私はよくサーターアンダギー食べてる」と言ったら「それはない」とバッサリ斬られた。

そんなお腹にたまるもの食事の前に食べないよ。というのが意見の多数を占めていた。そうかなあ。その感覚がわからないくらいには、私はサーターアンダギーが好きだ。気づくと買い物カゴの中にサーターアンダギーがいる。たしかに多少の重たさはあるけれど、その垢抜けないモサッとしたところがいいんじゃないか。

モサモサの隙間にアイスミルクがじゅわっと馴染んで存在感たっぷりに喉元を通り過ぎていくのは、ふわふわのドーナッツには出せない妙な心地よさがある。冷めきったフライドポテトにも似た喜び。それがサーターアンダギーの良さ。

そう思ってこれまで生きてきた自分はなんと視野の狭かったことだろう。それがサーターアンダギーの全てではないよ。東恩納さよ子さんの手によって生み出されたサーターアンダギーは、そう語りかけたかと思えば、私のサーターアンダギー観を嵐のように吹き飛ばし、新たなる太陽となって私を照らしだしたのだ。

石垣島の小さな一軒家。店の外まで甘い揚げ物の香ばしい匂いが漂う〈さよこの店〉。さよ子さんが操る揚げ鍋の中では、無数のサーターアンダギーが金色に輝いていた。私のよく知る茶色のサーターアンダギーはどこにもいない。さよ子さんが360度ムラなく火が入るように丁寧に菜箸で転がすと、生地がくるくる回ってパッと花が咲くように出来上がる。

サーターアンダギー、誕生の瞬間。熱々を手で持ってかじれば表面がカリッと弾け、モファッ……とほどける。な、な、なんという軽さ。アイスミルクの出番はない。猛暑の南の島でもこの口どけならいくらでも食べられてしまう。店に長蛇の列ができるのも納得だ。

フードエッセイスト・平野紗季子
西海岸にある「フーネ」のバス停。石垣島の美しい海、どこまでも広がる空の下で食べる揚げたてのサーターアンダギーは格別だ。

「揚げたてが一番おいしいに決まってるから、それを食べてほしいの!」。そうさよ子さんは言うけれど、揚げたてだからすごいかといえばそれだけではなくて、油は使い回さず新鮮な状態をキープすることや、卵をたっぷり惜しまず使うこと、生地は冷凍せず、機械にも頼らず、オール手絞りで行うことなど、聞けば聞くほど無数の“さよ子の掟”が返ってくる。

小さくシンプルな揚げ菓子に、これでもかと込められた仕事。それでこそ人の心を動かすものになるのだなあ……と、もう何個目かわからないサーターアンダギーを噛みしめる。さよ子さんの腕には湿布が見えた。毎日毎日揚げ続ければ腕だって痛む。でも、揚げるのは楽しい。おいしいって言ってもらえるのは嬉しい。だから頑張れちゃうの、とさよ子さんは笑った。

店を出て海辺を歩くと、石垣の青空に浮かぶ雲たちが、サーターアンダギーの大群に見えてきた。風に飛ばされそうに軽やかで、雲のように消えてしまう。私はサーターアンダギーが好きだ。でも、さよ子さんのサーターアンダギーは特別に好きだ。