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湯も人も熱い!パウダースノーがつなぐおいしい循環。長野・野沢温泉

温泉街は、湯処、酒処。むしろ「天国」の名にふさわしい。ひと風呂もふた風呂も浴びて外湯巡りを楽しみ、体の芯から温まったら、今度は酒場ホッピングの時間!居酒屋さんから角打ち、ナチュラルワインバー、フレンチ、イタリアン、ブルーパブ、寿司にスナックまで。ハシゴするもよし、ちょっと腰を落ち着けて飲むもよし。今面白い、長野・野沢温泉の外湯&酒場を巡ります。

photo: Junichi Miyazaki / text: Hiromi Shimada / edit: Rie Nishikawa

国際派スキーヤーたちが新風を呼び込む

日本で唯一、村名に「温泉」がつく野沢温泉村。山間の辺鄙(へんぴ)な温泉地は、北陸新幹線延伸によって飛躍的に東京から近くなった。最寄りの駅から車で30分ほど。温泉街に至るまでの長い上り坂は旅の高揚感を高め、都会からのちょっとした隔絶感も味わわせてくれる。

外湯巡りが楽しめる温泉街は、美しい湯屋建築の〈大湯〉を中心に南北1km強と、徒歩で移動できるほどコンパクトだ。狭く曲がりくねった坂道が多い迷路のような街中に大型ホテルやコンビニはなく、小さな商店やレストラン、バーなどが立ち並ぶ。それが、いかにもひなびた温泉地風ではなく、長年の修業を経て開店した本格派の飲食店やアーバンな雰囲気の飲み屋だったりするから驚きだ。

しかも地元民も湯上がりの一杯やハシゴ酒を気軽に楽しんでいて、観光客相手の店だけでないことが感じられる。ある時は移住者が営む本格派のイタリアンで、同級生同士だと話す地元の熟年層がナチュラルワインを酌み交わし、新たに来店したローカルな若者たちと気軽に話す場面に遭遇した。

また、ある時には近年急増している外国人観光客とバー店員が流暢(りゅうちょう)な英語で世間話をしていることもあった。そう、ここは単なる情緒ある温泉街ではなく、国際色豊かな温泉リゾートなのだ。

その流れは2000年代に入ってから。上質なパウダースノーと国内有数の規模を誇るスキー場、さらには独特の地域性も相まって、訪日外国人の人気が急増。コロナ前には、人口約3000人の小さな村に年間14万人のインバウンド客を数えるようになった。それを支えたのが、地元民だ。100年も昔に村民たちがスキー場を開発し、積極的に国内外のスキーヤーや国際大会を誘致。

その結果、16人ものオリンピアンを輩出している。世界で活躍してきた選手も多く、10代から単身、海外スキー留学を果たす若者も珍しくない。スキーを通して外国文化を受け入れる土壌が自然と地域に根づいてきたのだ。

そして世界を知り、地元を見つめ直した選手たちが第一線を退いた後、村の恵みを生かした質の高い食を提供する店を次々に開業。それに魅了された国内外の移住者がさらに個性豊かな店を開いている。こうして、感度の高い人たちがこぞって集まるユニークなスパイラルが生まれているというわけだ。

長野〈野沢温泉〉の源泉の一つ〈麻釜〉
源泉の一つ〈麻釜(おがま)〉は村民のみ立ち入り可。90℃近い熱湯が湧出し、村民が野菜などをゆでる「野沢温泉の台所」。

街を歩くとあちこちに小川が流れ、湧き水を汲む人の姿が見られる。冷涼でクリアな湧き水は驚くほど口当たりが軟らかく滑らか。この水も豪雪による恵みだ。保水力の高いブナの森が広がる野沢温泉では雪解け水が数十年かけて大地に浸透し、温泉や湧き水となって湧出する。

水のおいしさに引かれた人たちも多数。〈野沢温泉蒸留所〉メンバーで、日本コカ・コーラのコミュニケーション戦略も担ってきた八尾良太郎さんもその一人だ。アルペンスキー選手として幼少期から野沢温泉に通い、豊かな水を生かしたいとの思いで、オーストラリア出身の経営者たちと多国籍チームで蒸留所を立ち上げた。

イギリス出身の芸術家がヘッドブルワーを務め、クラフトビールが楽しめる〈里武士〉も同様。上質な水は旨い酒も引き寄せる。

飲食店でも、海外を知る地元の若者と移住者の新プロジェクトが進行中。〈ハウス サンアントン〉のシェフ片桐健策さんら5人の料理人たちが、狩猟体験と地元のジビエを生かしたコース料理を提供する観光ツアー『野沢温泉ガストロノミーラボ』を企画しているとか。野沢温泉のディープな魅力は知れば知るほど奥深く、気づけば移住していた……なんて話も思わず納得してしまうのだ。

野沢温泉蒸留所

野沢温泉の風景を感じるジンと未来ある日本初製法ウイスキー

温泉街の元缶詰工場が、2022年、地域初の蒸留所へと生まれ変わった。地元素材やボタニカル、湧き水を使用したクラフトジンと、日本初導入のマッシュフィルターを使ったウイスキーを製造。リリースする4種類のジンは、どれも地域の風景や文化を思わせ、世界的な蒸留酒コンペティション・SFWSC 2023で全品金賞を受賞した。

「ジンは蒸留酒の中で一番土地を表現できる分、素材のバランスが大事。小規模の蒸留所で一定のクオリティを維持する努力も大切」と蒸留責任者のサム・ヨネダさん。現在は伝統の『道祖神祭り』をイメージした5種類目となるジンも企画中。地域文化も支える酒造りで目指すのは、クラフトではなく“プレミアム”なジンだ。

里武士

ワイルド&クリエイティブな余韻が続く自然派ビール

村の湧き水と国内外のナチュラルな原料で無濾過、非熱処理で酵母が生きたクラフトビールを醸造するブルワリー〈AJB〉のタップルーム。国内初のフーダー(木製タンク)を導入。挑戦的ながらも長く飲み続けられる味わいを追求する。

ハウス サンアントン

野沢のキーパーソンが手がけるここでしか味わえないフレンチ

オーストリアでの暮らしと5ツ星ホテルでの経験を野沢温泉の食材で表現したら。独創的なフレンチを提供するシェフの片桐健策さんはアルペンスキーの元全日本覇者で、17歳で渡墺し、ホテルの専門学校で学びつつスキー技術を磨いた。

引退後はミシュランレストランで修業。2011年に家業のホテル&ジャム工房を継ぎ、レストランではフレンチをベースに、地元素材を生かした自由な発想の料理で美食家を引きつけている。真骨頂が〈麻釜(おがま)〉でゆでた素材で彩るサラダ。「温泉は熱の入りが優しく、色も鮮やかで、野菜が喜ぶ感じ。特に根菜類は甘味も引き立ち、硫黄の香りとも好相性。世界のどこにもないスペシャリテです」

国際派スキーヤーたちが新風を呼び込む。長野・野沢温泉で訪れたいスポット16選