本に囲まれた「巣」の中心は、
思考の場所
「本来はきれい好きなんです。でもどうしたってきれいにできない。机がなければものは増えないはずですが、机という敷地が広がれば広がっただけものも増える。3年前にここへ越してきて以来、宇宙空間の星のごとく増え続けています」
本や模型でいっぱいの机を前に、そう話すのは西沢立衛さん。妹島和世さんとのユニット〈SANAA〉としても次々と話題作を手がける建築家だ。オフィスは運河の街・東京の辰巳にある、倉庫のような大空間。
1階が模型室、2階の4分の3がSANAAで、4分の1を西沢事務所が使っている。所員共通の机が仕切りなく並ぶ中、西沢さんも窓際にあるシマの一角で同じ机を使用中。天板の素材はランバーコア。所長特権は窓下の本棚を独占できることだ。
「少し片づけますね」と溜まった紙類に目を通してはゴミ箱へ捨て、散らばった鉛筆をトレーに入れる。スペースが空くたびに天板を拭く手つきが、几帳面さを表している。
一段落したところで数日前に届いた段ボールを開け、取り出した本を机の両サイドに積み上げる。まるで巣を作るかのように。
「巣ではあるかもしれませんが、こもりたいとか個室が必要だとか、そういうのはないですね。きれいになれば気持ちいいけど、片づいてなくても順応します。仕事や集中力に影響することはありません」
では、何が必要なのでしょう。
「本とパソコンと椅子があれば、そこが机じゃないですか?あとは雑でいい。大雑把な方が好き。例えばル・コルビュジエの建築は大雑把だけど正確です。端がピシッと揃っているという類いの正確さではなく、構造の正確さ。ダイナミックだからこそ構造の美しさがわかる、みたいなことですね」
と、コルビュジエの作品集を手にしつつ、本棚整理に取り掛かる。
「文章を書いていて不確かなことや疑問がある時は、必ず本を探して読み返します。コルビュジエのことを書く時、それは現実の再現ではなく想像力による仮説でしかないから、“確かにそういう人だったかもしれない”という説得力を持つ文章にするためには、彼が書いたものや彼の建築に何度でも戻ることが必要です」
正確を期するためでもあるし、自分が本当にそうだと確信して書いているか否かという話でもある。
「思い込みや、自分に都合よく変換してしまっていることも多いですから。ものを言う時も書く時も、強く伝わるのはその人らしさがある時。らしさというのは、本当にそうだと信じていることを言う振る舞いです。何を信じて何がそうじゃないかをふるい分けて残った言葉が、その人の価値観だと思う」
そう話しながら片づけ終わった机に残ったのは、パソコンと数冊の本。傍らには思想家の植村正久の著作集も積まれている。
「喫茶店で仕事をすることもできそうですが、これを全部は持ち出せない。やはり机はここだけです」