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猫が幸せを運んだ、とある下町銭湯の物語

猫は人ではなく、場所につくという。「看板猫」という言葉もあるように、猫はただそこにいるだけで、その場に新しい“何か”を運んできてくれる不思議な存在だ。猫が幸せを運んだ、とある下町の銭湯の物語。

text & edit: Yuriko Kobayashi / photo: Kazumasa Harada

風呂とビールと猫。最高に幸せな下町の銭湯

風呂上がり、マッサージチェアに腰を下ろすと、足元で猫がゴロンと寝そべる。猫好きにとって、これ以上のリラックス時間があるだろうか。東京都足立区にある銭湯〈湯処じんのび〉には、そんな幸せなひとときがある。創業以来60年以上愛されてきた銭湯は、内湯の上の階にある開放感たっぷりの露天風呂が自慢。ビールを飲める休憩処は地元の人の憩いの場だ。

この場所に欠かせない存在がケイとのり巻き。16歳のおばあちゃん猫、ケイは風呂上がりに新聞片手にくつろぐ人に静かに寄り添い、のり巻きは子供の誘いに応じて猫じゃらしで遊ぶこともある。撮影した猫の写真をプリントしてきてくれる人や、おやつを持参してくれる人もいる。

「初めて猫を銭湯に連れてきたのは30年ほど前。シマという猫で、近所の公園でへその緒がついた状態で捨てられていて。まだ目も開かない仔猫を置いて仕事に行くわけにいかなくて店に連れてきたのがきっかけ。みなさんに愛されて、21歳で亡くなるまで番頭を務めました」

東京〈湯処じんのび〉看板猫ののり巻き
のり巻きは3歳のメス。仔猫時代、公園でカラスに狙われていたところを保護した。

コロナ禍を支えてくれた銭湯猫たちの“恩返し”

2代目の番頭となったケイもまた、生後1ヵ月ほどで銭湯の隣にある公園に捨てられていた。
「私ね、どうしてもかわいそうな動物を見て見ぬふりができなくて、連れて帰ってきてしまうの」と笑うおかみさん。弱った猫を保護するとともに、野良猫に避妊手術を施して地域に戻す活動も続けてきた。その甲斐あってか、近所には地域猫への理解を示す住民が多く、飼い主のいない猫たちも大切に扱われている。

東京〈湯処じんのび〉看板猫のケイ
2代目の番頭のケイは16歳のメス。おばあちゃんらしい柔和さでみんなを癒やす。

「コロナのときも常連さんが変わらず店に足を運んでくれたのは、この子たちのおかげ」と、おかみさん。命を救ってもらった猫たちの“恩返し”。助け、助けられ、一緒に生きていく。それが猫と人間の、いい関係。ずっと続いていく絆なのだ。