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ニナ・メンケスを知っているか?20世紀のフェミニズム映画史の重要作がついに日本初公開

男性が好奇心や欲望を持って女性を見るという、ほとんどの映画で見られる視覚演出である「メイル・ゲイズ」。そのような演出を用いず主体的な女性を描いてきたニナ・メンケスの作品が、ついに日本で初公開される。日本初公開の3作品を見逃すな!

text: Mikado Koyanagi

昨年の初め、国立映画アーカイブの特集上映で、コアな映画ファンの間で話題になった作品があった。それが、ニナ・メンケスの『クイーン・オブ・ダイヤモンド』(1991年)だ。

その直前に発表された、『サイト&サウンド』誌が10年ごとに発表する「映画史上のベスト100」でベスト1になったシャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(75年)へのアメリカからの回答とも言うべき作品だった。

日本では、フェミニズム映画の金字塔とも呼ばれるその『ジャンヌ・ディエルマン』さえ、一昨年、初公開されたばかりで、ニナ・メンケスに至っては、これまで一本も公開作がなかった。

しかし、ここ数年、#MeToo運動の影響もあってか、バーバラ・ローデンの『WANDA ワンダ』(70年)やアニエス・ヴァルダの『冬の旅』(85年)など、20世紀のフェミニズム映画史における重要な作品が相次いで公開されたのだが、その最後のピースと言っていいのがこの『クイーン・オブ・ダイヤモンド』なのだ。それが、ほかの2作品含め、日本でもいよいよ初御披露目となる。

メンケスは、デビュー作の『ゾハラの深い悲しみ』(83年)以来、監督だけでなく、脚本・撮影・編集すべてを担当する、低予算の個人映画スタイルで、過酷な現実から疎外され、狭い場所に閉じ込められた女性たちの内面を詩的に表現する作品を撮り続けてきた。初期の頃、その主役を演じていたのが、妹のティンカで、彼女は姉の作品世界を体現するミューズ的な存在でもあった。

『クイーン・オブ・ダイヤモンド』はその3作目で、荒涼としたラスヴェガスを舞台に、ティンカ演じるフィルダウスという女性の、カードディーラーとしてのしがない日常をドキュメンタリー風に淡々と綴ったもの。

中でもドラマ性を排した17分にも及ぶ単調なディーリングのシーンは、『ジャンヌ・ディエルマン』の、女性が押しつけられてきた、時に心をも蝕(むしば)む「家事」を象徴するジャガイモ剥きのシーンに匹敵すると高く評価された。

しかし、彼女の作品は、その後も商業的に公開されることはなく、本国でもほとんど知られることがなかった。その状況を変えたのが、今回併せて紹介される『ブレインウォッシュ セックス−カメラ−パワー』(2022年)というドキュメンタリー映画で、この作品が注目されたことで、メンケスの過去作もデジタル化され再映されることになったのだ。

ニナ・メンケス
『ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー』場面写真。
©BRAINWASHEDMOVIE LLC

主体的な女性を描く

この映画は、メンケスが行ってきた講義を基にしたもので、男性が好奇心や欲望を持って女性を見るという、ほとんどの映画で見られる視覚演出(この映画にも出演している映画批評家ローラ・マルヴィが75年に提唱した「メイル・ゲイズ」という理論)が、映画という枠組みを超えて、女性を客体、つまり「モノ」として見ることで、いかに性的虐待や、ひいては雇用における差別を助長してきたかを、200本にも及ぶ映画を引用しながら明らかにするものだ。

メンケスは、若い頃からこの点に極めて自覚的で、ティンカが場末の娼婦アイダを演じる2作目の『マグダレーナ・ヴィラガ』(86年)における客との絡みのシーンでも、男性の視線を排除し、アイダのうつろな目だけを見せることで、彼女が男性の慰み「モノ」ではなく、主体的な人間であることを知らしめる。

ティンカが演じたアイダやフィルダウスは、まさにワンダ(『WANDA』)であり、ジャンヌ(『ジャンヌ・ディエルマン』)であり、モナ(『冬の旅』)であり、後のウェンディ(ケリー・ライカート『ウェンディ&ルーシー』[08年])であり、ファーン(クロエ・ジャオ『ノマドランド』[21年])なのだ。

日本初公開の3作品

この3作を紹介する『ニナ・メンケスの世界』は、5月10日、全国順次公開。