日本酒ペアリングの新たな世界
「酒ペアリング」はガストロノミーの見逃せない潮流だ。日本酒が海外に輸出されるようになり、ファインダイニングが「SAKE」をオンリストするようになって久しい。全国の酒蔵も、新しい酒造りへ続々と乗り出している。そんな中、新潟県十日町市松之山温泉にある小さな宿が、美食家たちの話題を集めている。
創業明治44(1911)年の老舗〈玉城屋旅館〉が、〈酒の宿 玉城屋〉という新たな看板を掲げたのは2018年。代表の山岸裕一さんが、4代目として宿を継いだ2年後だ。山岸さんは大学を卒業後、和食の名店で板前修業をし、ワインから日本酒まで広く深く学んだ経歴を持つ。
食と酒を武器に旅館の刷新を図ろうと試行錯誤していた時、〈レストランリューズ〉を筆頭にフレンチのトップレストランで活躍してきた栗山昭シェフに出会う。2017年、栗山シェフを厨房に迎え、「温泉旅館発、フレンチ×日本酒ペアリング」という稀有なスタイルを確立させたのだ。
「味を酒に寄せることはない」と話す栗山シェフの言葉通り、料理は堂々たるフランス料理。山岸さんの選ぶ日本酒もまた、ワイン的造りのものはもちろん、地元蔵のスタンダードから酒蔵と共同開発したオリジナルまで幅広く、コースにリズムを作る。
キノコのコンソメ仕立てに米のふくよかさを感じる純米吟醸を、妻有(つまり)ポークの一皿には酸味の強い赤ワイン樽熟成の特別純米を。乾杯の酒カクテルから、デザートに合わせたシェリー的な味わいのものまで、コースを通じ、日本酒ペアリングの新しい世界が広がる。
同時に、古き良き純和風旅館の客室をモダンに改装し、部屋数を減らして、ハード面の刷新も少しずつ進めてきた。今は全8室、うち6室にかなり広めの温泉風呂を備え、よりゆったりとした滞在を楽しめる宿に。
700年の歴史を持つ松之山温泉は、有馬温泉、草津温泉と並び日本三大薬湯に数えられる。塩分濃度の強い温泉は、香りも肌触りも格別で、湯上がり後も体を温め続けてくれる。生ハムと日本酒やワインのセットといったルームサービスメニューをはじめ、滞在の間中、酒を楽しめる仕掛けもあり、難しいことは抜き、おいしい料理とお酒を楽しみたいという向きも満足できる。