「ジャズは一見とっつきにくいようで、今の日本のポップスとも大いに接続している音楽なんです」
そう話すのは音楽家の江﨑文武さん。小学生の頃に出会ったビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』を機にジャズ漬けの10代を過ごしてきた彼は今、そのルーツを提げながら現代のポップスシーンにも挑み、新たな試みを続けている。
「音楽史を振り返るとJ−POPとジャズが密接だった時期が幾度かあります。そしてまさに今もそう。僕と同世代の30歳前後を中心にジャズの素養を持つミュージシャンが活躍しています」
次世代に影響を与えたグラスパーの新たなジャズ
J−POPとジャズが接近しているという今の流れを語るうえで欠かせないミュージシャンの一人がピアニストのロバート・グラスパーだ。
「ジャズミュージシャンがヒップホップにアプローチし、しかもそれを生楽器によるバンドサウンドで演るのが画期的で。2012年の『Black Radio』は、僕と同世代の多くがバイブル的に愛聴していましたね。例えば、WONKのドラマーの荒田(洸)は、グラスパーバンドのドラマー、クリス・デイヴに心酔して、音楽どころかファッションまで彼を意識していたし、King Gnuのベーシストの新井(和輝)はデリック・ホッジに影響を受けていた。こうした“グラスパーごっこ”のようなセッションをする学生があちこちで出てきて。そんな彼らが、より多くの人に音楽を届けようと、ポップスのシーンに出ていったんです」
そうしたジャズ的素養は、WONKや、江﨑さんが共に音楽活動をするKing Gnuのみならず、ほかのミュージシャンにも見られる。
「例えばOfficial髭男dismの曲には、トランペットとドラムでトラックメイクをするブラストラックスの影響が色濃く感じられます。また藤井風くんの楽曲は、プロデューサーのYaffleさん、バックでベースを弾く小林修己さん、レコーディングメンバーの勝矢匠さんなど、大学のジャズバンドサークル出身者が脇を固めています。あと中村佳穂さんの周辺にもジャズ出身のミュージシャンがいますね。直接的な引用はなくとも、各サウンドにはジャズのエッセンスが詰まっているんです。中村さんとは以前、ハイエイタス・カイヨーテの話で盛り上がったことがありますが、インタビューやSNSなどで、ミュージシャンやそのバックにいるプレーヤーがどんな音楽を聴いているのかを知ることから掘るのも手だと思います」
江﨑さんいわく「アメーバのように様々な音楽をじわりと侵食していくのがジャズの魅力」。身近に潜むその要素に気づくことで、ジャズの世界の入口に立てるかもしれない。