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はじめてのジャズはネット検索から。菊地成孔の考える、YouTube的ジャズ入門

昭和の時代。ジャズを聴き始めるなら、専門誌を読み、ジャズ喫茶でレコードを聴き、クラブで生演奏に触れるという流れが一般的だった。しかし、雑誌は廃刊、店舗も減少しつつある現在。初心者は一体、どの音楽家の、どんな作品から聴き始めればいいのだろうか。伝統のある音楽ゆえ、門外漢からは口が裂けても言えない現代の入門方法を、菊地成孔さんがズバリ答えてくれた。

現在、ジャズの魅力をさらに深掘る特設サイト「JAZZ BRUTUS」もオープン中!

photo: Masanori Kaneshita / text: Katsumi Watanabe

2020年代的検索から入る、新しい入門

「ジャズをまったく聴いたことのない人にとって、クラシックや歌舞伎などと同様、歴史のある音楽だから、ハードルが高い印象があると思います。さらに、ジャンルは耳にすることはあっても、しっかりした流行がないため、初心者がアクセスしづらい。情報源が雑誌から電子版へ、お勉強の場がジャズ喫茶から動画へ移行しつつある昨今を鑑みて、初心者に限り、ネット検索からジャズを聴き始めるべきだと考えています」

実際にどんなワードで、どのくらいの音楽家や作品、歴史がわかるのか。まずはYouTube(無料版)のトップページから検索を始めた。

「もうせっかくですから、この際、検索ワードはカタカナで“ジャズ”と入れてみましょう。ここから行かないと(笑)。最初に『Smooth Jazz Music-Coffee Time』の広告が出てくる。ジャズという音楽は、一般的にカフェでまったりする時のBGMとして考えられていることがわかります。“これだ!”という方は、ここで検索終了。24時間AIの選曲による機能『RADIO』で聴けば、これ以上の必要はありません(笑)。

しかし、もう少し聴いてみたいという方は、検索を進めましょう。“ジャズ”と入れ、最初に出てくる音楽家の名前と作品はビル・エヴァンス『Portrait In Jazz』。再生回数を見ると398万回(2023年1月時点、以下同)。なかなかのやつだということがわかる。1曲目『Come Rain Or Come Shine』を聴いてみます。まったり系だけど、カフェで流れるものとは違い“ヤバい!”と感じる人もいるでしょう。

その場合は“ジャズ ピアノ”と検索。そうするとサジェストに“ジャズ ピアノ スタンダード”と出てくるので聴いてみます。上位に出てくるオスカー・ピーターソンのベスト盤は、再生回数94万回。リズミカルで、演奏も激しい。ジャズで気分が盛り上がることもわかりました。ご丁寧に“ジャズ ピアノ アップテンポ”というサジェストが出てきて、その中にindigo jam unitの『Roots』がある。曲はアップテンポでかっこよく、メンバーは大学の先輩にいるようなTシャツにキャップ。最近の演奏だとわかる。ここでは思わず踊りだしたくなるような血がたぎる音楽だということもわかりました」

菊池成孔さん
菊地さんも、今回が初の試み。もちろん、検索結果は各環境によって異なります。

モダンジャズの黄金期に推しを作って掘り下げる

激しい演奏には、管楽器も欠かせないこともわかってきた。ここで『BLUE GIANT』にも登場する「sax」で検索してみると……。

「驚いたことに、トランペットを持ったチェット・ベイカーが出てきました(笑)。私のパソコンがおかしいのでしょうか⁉検索の結果ゆえ、致し方ないことなので聴いてみますが、ここでいったんベイカー自身の顔を見ることにしましょう。20代の頃は俳優のようなルックス。どうやら歌ってもいる様子。その通り!ベイカーは甘い歌声から、“悪魔の歌声”とも呼ばれてきました。萌えちゃって、ハマる人もいると思う。亡くなっているため、作品には限りがありますが、掘り下げれば少なくとも1年は楽しむことができます」

YouTube検索画面
“jazz sax”の検索結果、なんとトランペッター兼シンガーのチェット・ベイカーが。神(PC)のいたずらに絶句する菊地さん。

ベイカーが活躍した1950〜60年代のジャズの歴史を追うことに。
「“ジャズ 歴史的名盤”で検索すると『モダンジャズの名盤。ジャズの歴史を形作った必聴アルバム』が。冒頭のソニー・ローリンズ『St. Thomas』のジャケットはクールだし、アート・ブレイキー『Moanin'』はテレビCMやNHKの番組『美の壺』のテーマで聴いたことがある。ここで選ばれている19作品はモダンジャズの黄金期である1940年代後半から60年代に発表された作品。今でも聴かれる名盤多数の総力戦、ジャズ版のアベンジャーズみたいな存在だとわかる。同じような時代感覚、空気感の中にジョン・コルトレーンやマイルス・デイヴィスなど聞いたことのある名前も出てきます」

70年代以降、エレクトリック楽器が導入され、ジャズファンクやフュージョンへと拡張していく。
「“モダンジャズもいいけど、ちょっとジジくさい。シンセサイザーの入った踊れるクラブジャズみたいな曲がいいな”と思ったら、カタカナで“ジャズ 最近”と入れてみましょうか。ロバート・グラスパーのブルーノート・ライブなどが出てきます。さらにページを進めると、ものすごいカルチャーショックが起こる。なんと、トランペッターの類家心平くん、その下にシンガーの吉岡尚さんが出てきます。ジャズはアメリカだけではなく、日本人も健闘しているという新発見があった。

さらにその下に出てきた、ロンドン発の『マホガニー・セッション』というチャンネルからアルファ・ミスト『Keep On』を聴いてみます。ヒップホップのトラックだけど、電子ピアノやサックスなどは生演奏によるもの。ここで興味があったら“jazz hiphop”で検索してみましょう。DJカルチャーなので、とにかくDJミックスがたくさん出てきます。適当なものを聴いてみます。偶然にもかかわらずア・トライブ・コールド・クエストの『Electric Relaxation』という、最良なクジを引き当てました。一聴するとヒップホップですが、よく聴くと過去のジャズから、エレピやウッドベースがサンプリングされていることがわかります。ジャジーヒップホップが気に入ったら、トライブが活躍した90年代から、現在に至る作品を掘ってみます」

検索開始から約1時間で“ジャズ”という言葉から、モダンジャズの黄金期、現在活躍中の音楽家、さらにヒップホップとの関係性まで辿ることができた。しかしほかにも、アフリカ回帰やフリージャズなど、検索ワードを挙げれば、枚挙に暇がない。ジャズの道のりは長いのだ。

「初心者が、ウィキペディアで“ジャズ”と検索し、文字で情報を得ようとすれば“ニューオーリンズ発祥”とか“ポリリズム”とか書いてあって、歴史の長さに打ちのめされるはずです。しかし、検索していけば実際に演奏を聴くこともでき、“自分が好きなのは、この時代の、こういう曲かな”ということがわかる。極端なことをいえば、チェット・ベイカーにのめり込むように、1人だけ推しを作った方が、楽しいのかもしれません。今や推しを推し倒す時代ですから。1人に決めてコスりまくるのもアリ。生きているプレーヤーならファン活もできる。残念なのは、“K−JAZZ”のスターがいないところですが。最後に“日本のジャズ”で検索してみます。なんとピアニストである大西順子さんのブルーノート・ライブの様子が出てきました。今回の検索の締めにふさわしい素晴らしい演奏。いい結果が出たと思います」

菊地成孔的検索ロードマップ