一人で聴いていても飽きない選曲と、居心地のいい音量のバランス。
新宿末廣亭をランドマークに、半径200mほどのエリアに20軒以上ものミュージックバーが軒を連ねる新宿三丁目。世界的有名店も多く、最近では音楽酒場の聖地と呼ばれている。以前は歌舞伎町に居を構え、毎晩のように三丁目界隈で飲み歩いていたという菊地成孔さん。
「当然、ミュージックバーは選曲が良くなければいけない。ジャズ喫茶では、リクエストができるけど、大体が定番のモダンジャズ黄金期の作品が主で面白くない。ところがバーへ行くと、バーテンダーさんの選曲に委ねるしかない。要するにDJを聴いているのと一緒。
だから、自分好みの選曲をしてくれるバーテンダーさんを探すしかありません。3時間くらい誰ともしゃべらなくても、音楽を聴いているだけで保つというのがすごく大事なんだけど、なかなか見つけられない」。
そんな中、旧知の仲だった青木陽之さんが〈ボックス・バー〉をオープン。ジャズやソウルを中心に、それにつながるヒップホップや邦楽などさまざまな楽曲がスムーズにつながれていく。
「70年代にジャズミュージシャンが誤って発表したような、ソウルミュージック色の強い作品など。正統的なお店ではかからない、かゆいところに手が届く選曲。何時間聴いても、一曲もハズレがない」と、青木さんの選曲を絶賛する菊地さん。
「“プリンスはガールフレンドをプロデュースしがち”という話題になりましたよね」と青木さんが振り返ると「話した直後、用意していたようにプリンスがアンディ・アロウと共作した曲をかけてくれてね。
それから、ラジオ番組で椎名純平の『世界』をかけ、収録後に〈ボックス〉へ来たら、同じ曲がかかっていて驚いた。レア盤とかではなく、話題になった曲がすぐにかかるのもいい」と切り返す菊地さん。また、ミュージックバーでは、高品質な音響装置で楽曲を聴くという印象だが、菊地さんの考える極上の音楽酒場に必要なのは、どうも機器ではないらしい。
「オーディオにこだわる店ほど、大きな音で曲をかけがちで、客は大きな声で話さなければならない。店を出る時、喉が疲れちゃっている。装置より、空間に合った適度な音量を求めますね。でも、DJをしっかり聴きたいから、小さすぎてもダメ」
難しい注文だが、ミュージックバーのバーテンダーとしては、その気遣いも重要だと青木さんは言う。「レコード、CDやカセットなどさまざまなメディアで、店内の雰囲気に合った曲を一曲ずつかけていきます。ただ、お客さんの居心地が優先なので、お話をしているなって時は音量下げますね」
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最後に菊地さんが〈ボックス・バー〉を贔屓にする理由がもう一つ。
「青木くんが作るマタドールというカクテルが絶品!パイナップルジュースとテキーラのバランスはもちろん、氷がちゃんと削られていて。バーテンダーさんとしての所作にも、ホスピタリティが垣間見える」
「パイナップルジュース、今後も絶対切らさないようにします」と、照れながら応える青木さんの表情。今夜もお酒と音楽が進みそうだ。
菊地成孔×〈BOX bar〉の対談中に流れた4枚
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『Superconductor』Andy Allo
プリンスの寵愛を受けたシンガーの作品。「プリンスとの共作『What it Feels Like』が話題になりましたが、このアルバムもいい」と語る青木さん。
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「世界」椎名純平
2000年に大沢伸一がプロデュースしたデビュー。ディアンジェロを彷彿とさせる美しいR&B名曲。青木さんはアナログ盤を買ってずっとかけているという。
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『The Awakening』The Ahmad Jamal Trio
1970年のジャズピアニストのリーダー作。「ラッパーのコモンが『Resurrection』(94年)でサンプリングした『Dolphin Dance』でも知られる名盤」と青木さん。
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『doo-bop』Miles Davis
1992年、亡くなった翌年に発表されたマイルス流ヒップホップ。イージー・モービーのビートが渋い。「この中では『Fantasy』をよくかけます」と青木さん。