LAMP BAR(近鉄奈良)
奈良にあって国内屈指の名店といえば〈ランプバー〉だ。既に国内はもちろん、海外でも広く知られた存在で、気づけば店の大半を外国人客が占めることも珍しくない。2015年の『ワールドクラス』世界大会チャンピオンであるオーナー金子道人さんの実力たるや、である。
とはいえ、ゲストシフトや審査員、コンサルティングなどで世界を飛び回る金子さんが不在の営業もしばしば。それでもゲストが皆、満ち足りた気分で店を後にできる仕組みが気になるところでもある。
「11年に開業して、ここへ移転したのが15年のこと。その年の夏にチャンピオンになりました。当初はカクテルをすべて自分で必死に作っていたのですが、どんなに頑張っても数には限界がある。それよりも自分が理想とする空間を作り、考え方をスタッフと共有して経験を積ませ、同じレベルで提供できることが大切だ、と考えるようになりました。それゆえ、徹底したトレーニングを重ねています」と金子さんは振り返る。
ソフトのブラッシュアップと同時に、地元の日本酒の酒蔵とともにオリジナルのベルモットを作ったり、和歌山の生産者と協働し、収穫分をすべて買い取ることを条件にグレープフルーツを育ててもらうなど、味のための下地作りにも余念がない。
さらに酒の歴史や錬金術をモチーフにしたメインルーム、旅行鞄が並ぶ棚の奥にあるスピークイージー的なトラベリングルームに加え、19年には3つ目の空間として、アメリカ禁酒法時代に思いを馳せたミラールームを誕生させた。空間にも一杯のカクテルにも、あらゆるものにストーリーがちりばめられているバー。何度足を運んでも飽きないはずだ。
Bar Savant(ならまち)
明治末に建てられた築120年の町家をリノベーションした〈バー サヴァン〉は、看板を掲げることもなく路地にひっそりとある。少し不安に思いながらもドアを開ければ、もう一枚現れる小さな扉。これが贅沢な非日常への入口だ。中に入れば7mを超えるカウンターが奥へ延び、その先には手入れの行き届いた坪庭。白いバーコート姿の店主、田中達さんがにこやかに出迎えてくれる。
「並びにある小学校が母校で、実家も歩いて数分の距離。店を構えるなら近辺でと決めていました」と地元愛に満ちる田中さん。バックバーにずらりと並ぶウイスキーに加えて、スピリッツからワインまでをオールマイティに揃えつつ、奈良らしさを意識したカクテルがシグネチャーでもある。営業は14時から。坪庭を眺めながら過ごす昼下がりもまたいい。
中田洋酒亭(寺町)
ならまちから西へ。静かな住宅地に突如現れる〈中田洋酒亭〉は、店主の中田亮さんの人柄も含め、友人宅を訪ねたような気取らなさが心地よい。どんなシチュエーションでもしっくりくる、懐の深さも魅力だ。
「ホテルのバーで修業したこともあって、開店当初は夜から朝までの営業。自分の服装も含め、オーセンティックな雰囲気でした。ところがワイン、ベルギービール、クラフトビール、コーヒーと僕自身の興味がどんどん広がっていって。最終的には、今のようなあれこれ自由に使ってもらえる気楽な店に」と中田さん。それが正解だったことは、毎日賑わう店内の風景が教えてくれている。
Bar ‘Pippin’(新大宮)
そんな中心街から1駅先。新大宮まで足を運ぶ価値があるのが、19年に開店の〈バー ピピン〉。店主の宮崎剛志さんこそ、奈良がバーの町と印象づけた立役者の一人。『ワールドクラス』2013年で世界3位に輝き、名門〈奈良ホテル〉でヘッドバーテンダーを務めた人物でもある。そこから満を持しての独立となれば、注目されたのは間違いない。とはいえ、奈良中心部からちょっと離れた意外なロケーションでもある。
「あえて地元の人に愛されるような酒場を作ってみたかったんです」と言う彼が立つのは、思いのほか小さなカウンター。アンティークが彩る空間と、世界レベルのカクテルが用意されたバーが、ローカルに溶け込むのに時間はかからなかった。
「意外でしたが、ここで一番出るのがマティーニ。そもそもカクテルはたくさんの要素を使うと、それぞれがぼやけてしまう。少ない材料でシンプルに、それでいて芯を食ったカクテルを作りたい、という自分のスタイルにも合っていると感じます」
最初の3軒はどこも近く、それぞれ徒歩数分の距離。〈バー ピピン〉も電車に1駅乗れば、改札から徒歩2分。気軽に、何軒も飲み歩ける距離感も奈良の良さである。バーとカクテル好きにとって、今や、そのために旅したい町でもあるのだ。