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活字中毒者の本棚。コメディアン、俳優・内藤陳

知る人ぞ知るこの写真。俳優、コメディアンで〈日本冒険小説協会〉会長でもあった故・内藤陳氏の自宅を1994年に撮影したもので、後に『本棚が見たい!』(ダイヤモンド社)という本に収録されたが、端的に言って「本棚」ではない。

photo: Fumio Tsutou / text: Kosuke Ide

膨大な量の書籍が天井近くまで積み上がり、もたれ合うそのさまはもはや自然界にも近い混沌を感じさせる。とはいえ、この書評家ならぬ自称「本のおススメ屋」内藤氏のそれがいわゆる“積ん読”で収まるはずもなく、毎日平均2冊は読破していたというから恐るべし。「読んでは積み」の無限ループがこの“ウォール・オブ・ブックス”を生み出したのだ。

内藤氏のもう一つの顔、それは新宿ゴールデン街のバー〈深夜+1〉オーナー。夜な夜な本好きが集まるこの店で内藤氏の下で働き、2011年の氏の逝去後に店を引き継いだ須永祐介さんの証言によれば、「亡くなる直前には、この写真よりもさらに“タワー”が増殖し、通行も困難だった」とのこと。東日本大震災が起こった際、内藤氏が病により入院していたため、須永さんが自宅の様子を見に行くと「ドアを開けた瞬間、本が雪崩のように流れ出てきた」という。

逝去後の「お別れ会」では、有志が氏の蔵書をトラックいっぱいに詰め込んで運び、祭壇にうずたかく本を積み上げて読書人の死を悼んだ。「“金がなくても、本を読めばどこへでも行ける”とおっしゃっていた会長は、亡くなる瞬間まで本を手にしていました」。3ヵ月をかけて遺品が整理され、すべての本が消えた自宅の床は、当初より8cmほど沈んでいたという。

コメディアン・内藤陳の自宅 本棚
エンターテインメントから純文学、ノンフィクション、詩集まであらゆるジャンルの本を読んだ内藤氏は、「3日に1度は書店に行っていた」という。「新宿の紀伊國屋書店を一番上の階から流し、すべて見終わった後に何があったかと思い返して、もう一度棚へ戻る。すると、面白い本はこちらに向かって飛び出てくるんだとおっしゃってました」(須永さん)