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街の人々の思いが結集。生き生きと再生した山口・長門湯本温泉へ

鶏串や甘味を買い求めて気ままな川散歩を楽しみ、疲れたらカフェで一休み。温泉旅館で穏やかな時間を過ごすのも良い。〈星野リゾート〉と街が連携し、伝統を受け継ぎながら息を吹き返した山口・長門湯本温泉を巡ります。

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photo: Masayuki Nakaya / text&edit: Asuka Ochi

長門ならではの、海、山、川の恵みを味わい尽くす

山口県北部の谷間に、室町時代から約600年の歴史を刻む小さな温泉地がある。穏やかな音信川(おとずれがわ)の両岸に旅館や個人商店が軒を連ねる、長門湯本温泉。長門湯本のシンボルである神授の湯〈恩湯(おんとう)〉の前を穏やかな渓流が渡り、夕暮れには橋や木々がライトアップされて幻想的な世界へと一変する。温泉街全体は歩いてひと回りしても数十分ほど。地元の人に交じって歩を進めれば、ゆったりと穏やかな時間を取り戻せる。

朝もやが包む音信川
朝もやが包む音信川。白いパラソルが開く川床が並ぶ。

山も海もある長門は、食の楽しみも豊富だ。フグや瓦そばなど山口のご当地グルメはもちろんのこと、長門名物の平飼い長州どりを使った旨味抜群の焼き鳥は、どこで食べるか迷うほどの名店揃い。甘くとろける仙崎イカもぜひモノで、日本有数の漁獲量を誇る、これも長門の味。

川沿いの店で鶏串や甘味を買い求めて気ままな川散歩を楽しみ、疲れたらカフェで一休みもいいし、昼飲みの選択肢も捨てがたい。醸造所を備えたタップルームで出来たてのクラフトビールにするか、はたまた長門市駅まで足を延ばして、昼間から賑わう名酒場で一杯か。夕暮れ時、ほろ酔いで川床に寝そべっていたら、あっという間に夕食の時間になる。

恩湯〉のネオンサインが目印のブルーパブ
かつての〈恩湯〉のネオンサインが目印のブルーパブで。

鍋に唐揚げにフグ三昧の料理と地酒で温まり、物語に入り込んだかのような夜の温泉街で酔いを覚まして、夢へと落ちていくこととしようか。

ライトアップ後の夜の温泉街
ライトアップ後の夜の温泉街。浴衣で飛び石歩きも楽しい。

翌朝、朝もやに包まれた街を眺め、竹林の階段を歩く。夜をすっかり片づけた新鮮な空気を浴びると、生まれ変わったような気分になる。訪れた頃は、緑が色づき始めた秋だったが、ここには季節ごとに違う旅の楽しみがある。

春は川辺の桜が咲き、温泉街が華やかなピンク色に染まる。夏は涼やかな川床で過ごすのに最適な季節。水深の浅い渓流は、地元の子供たちの賑やかな遊び場になる。そして紅葉の秋を越えた寒い冬は言わずもがな、誰もが温泉を恋しく感じるベストシーズンだろう。

朝一、地元の常連と一緒に暖簾(のれん)が掛かるのを待って〈恩湯〉を訪れる。大寧寺の3世が住吉大明神のお告げで発見した神仏一体の湯は、何もかもが特別だ。しめ縄の奥に鎮座する温泉神をありがたく眺めながら入る湯は39℃とぬるめながら、ゆっくりと浸かることで芯から体を温めてくれる。

湯船は泉源の真上にあり、岩盤から滔々と湧き出る温泉とともに、深さ1mの足元からも注ぎ込まれる、空気に触れていないフレッシュな源泉をじかに浴びることができる。強くて優しいこの恵みの湯に、街は守り継がれているのだ。

住吉大明神を眺める街の湯〈恩湯〉
岩上に祀られた住吉大明神を眺める街の湯〈恩湯〉。

街の人々の思いが結集し、温泉街の魅力が開花

今、長門が賑わう背景に、衰退と再生の歴史があることは、この地を知るに切っても切り離せないだろう。昭和に観光ピークでごった返した温泉地は、バブル崩壊で静まり返り、2014年、ついには150年続いた老舗ホテルが廃業に追いやられる。当時、温泉街の人々が感じた危機感は底知れない。

彼らは共有した再興への強い思いを出発点に、行政だけに任せるのでなく、街の民間企業が連携し、住民や専門家らも巻き込んで、温泉街の未来を自分たちの手で創造しようとした。そして2016年、「長門湯本みらいプロジェクト」が始動。

この時、温泉街の起爆剤とすべく街が決断したのが〈星野リゾート〉の招致だ。困難をはね返すため、温泉街全体のリノベーション案から彼らに委ねるという前例のない形で、プロジェクトは進められた。

〈星野リゾート〉による改革の根底にあったのは、利益を独占するのでなく、街全体に配分する「ステークホルダーツーリズム」という考え方。様々な横の連携を増やし、街をより魅力的に生まれ変わらせる。〈恩湯〉の再建、夜間景観の一新など、そぞろ歩きが楽しい温泉街を目指して、街は一つになった。

そして2020年、〈界 長門〉が誕生する頃には、土地の魅力を再発見した地元民や移住者によって、長らく新陳代謝のなかった街に新店舗が続々開業。まさしく温泉街は伝統を受け継ぎながら、息を吹き返したのだった。

長門を訪れて感じる、暮らしと観光が心地よく融合する空気感は、新しい価値を生むことに街が一丸となった時間が生んだものが大きいと感じる。そしてこれからも花開いていく、街の未来を見届けたいと願う。

星野リゾートの温泉旅館〈界 長門〉

長門の歴史文化に触れながら、旬の食とお湯を堪能する

全国22施設を展開する星野リゾートの温泉旅館ブランド〈界〉が、2020年に開業。江戸時代、歴代藩主が湯治に長門を訪れた歴史から、コンセプトは「藩主の御茶屋屋敷」。館内各所に長門の歴史文化がちりばめられ、滞在するだけで土地に触れられる。

藩主が休む寝台をイメージしたご当地部屋「長門五彩の間」は、徳地和紙、萩焼、萩ガラス、大内塗といった4つの伝統工芸が部屋を彩り、窓から見える四季折々の景色が5つ目の「彩」となる。

露天風呂付きの特別室には、萩の城下町をイメージした庭もあり、歴史に思いを馳せながら、優雅な湯の時間が楽しめる。また、山口のフグやイカ、旬の食材が味わえる会席でも、季節ごとの長門の恵みを感じることができる。

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