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長野の松本で注目の温泉宿〈金宇館〉〈松本十帖〉。お湯よし、人よし、料理よし

「温泉天国」の長野県。県内の温泉地は200ヵ所以上、宿泊施設の数も全国トップ3に入るほどの充実ぶり。地域や場所により、特色や泉質も様々。最近は歴史ある宿や温泉地の再生が進み、新たな魅力が注目されている。

Photo: Norio Kidera / Text: Rie Nishikawa

金宇館(松本市/松本)

松本らしい文化と時を感じる小さな宿。

〈金宇館〉は昭和初期の木造3階建ての建物が美しい里山の宿だ。その風情ある空間が評判を呼んでいる。

「今の時代にこの建物は造れません。建物自体が宝なんです。次の100年に残せるよう、なるべく自然の素材を使って手を入れました」と言うのは4代目館主の金宇正嗣さん。20代半ばで旅館を継ぎ、徐々に手を入れ、10年目で本館の大規模な修繕を行った。大切にしたのは簡素であり、良質であることだ。

館主の金宇正嗣さん
館主の金宇正嗣さん。人柄の良さもこの宿の魅力の一つ。

お風呂は新しく宮大工により建てられた湯小屋で新たに作庭した庭を眺める半露天風呂。無色透明の肌あたりのいい柔らかいお湯が楽しめる。またリニューアルした本館の5つの客室は簡素な美しさがある。一方、庭に囲まれた別館は数寄屋建築で、当時の面影が強く残る。本来の建物にあった欄間や昔から使われていた家具などが残されているが、余計な装飾はない。さりげなく置かれた野の花や彫刻作品が心を和らげる。

〈金宇館〉のヒノキ造りの露天風呂
庭とつながるように、地元の山辺石が配された〈金宇館〉のヒノキ造りの露天風呂。

「お客様の時間を大切にしたいので、過剰なサービスはありません。料理に関しても当たり前のものを当たり前に、旬のものをおいしく召し上がっていただきたいと考えています」

料理旅館として先代が腕を振るってきたことにならい、銀座の日本料理店で修業した金宇さんが自ら調理を担当する。季節の野菜を使ったすり流しやお椀など、出来たてを一品ずつ味わう10品のコースだ。地元の作家の器や酒器などとの相性もいい。

朝食
朝食は代々使われてきた漆の器で。とろろ汁やニシンのうま煮など地元の食材を使った、優しい料理が並ぶ。

松本はもの作りが盛んで、工芸の文化が根づいている場所。建物は古民家再生などを手がける北村建築設計事務所、家具は木工家の前田大作が担当し、備品や食器なども地元の作家と一緒に作っているという。

「松本の文化の一つとして残っていくような宿になってほしい。時間の経過の中にある、人の思いも一緒に感じてもらいたいです」

少しきしむ廊下や建具の音さえも宿の味わいとなっているのだ。

松本十帖(松本市/松本)

浅間温泉街の拠点となる話題のホテル。

日本書紀に登場し、1300年の歴史を誇る浅間温泉。江戸時代には松本城主が通い、武士たちの別邸が立ち並んだことから「松本の奥座敷」と呼ばれてきた。愛されたのは豊富な湯量と加水や加温せず完全掛け流しで使えるちょうどいい源泉の温度、肌あたりのいい泉質のおかげだ。

〈松本十帖〉はそんな浅間温泉の老舗旅館を改修した宿。新潟の〈里山十帖〉や神奈川の〈箱根本箱〉など、個性的な宿泊施設を手がける自遊人がプロデュースする。ここは単なる宿ではなく、様々な要素が集まった複合施設だ。まずホテルが2つ、ブックホテル〈松本本箱〉とベビー&キッズにやさしい〈小柳〉。

この中には1万冊以上を揃える書店、生活雑貨を扱うショップ、ベーカリー、バーと2つのレストランなどがあり、さらに2021年秋、シードルの醸造所が稼働を開始。そのうえ施設外にカフェが2つあり、そのほとんどが宿泊者以外も利用可能なのである。

それは浅間温泉全体を元気にしたいという思いから。ホテルだけの再生ではなく、地域全体のリノベーションを目指し、すでに移住者や新たな店舗が増えてきているという。

実際に滞在してみると1泊くらいじゃ、とてもこの街を満喫し切れない。が、食事と温泉だけでも十分に満足できる内容だ。デンマーク〈NOMA〉の系譜に連なる〈INUA〉(閉店)出身のシェフが総料理長に就任。信州の食材に発酵のエッセンスを加えた薪火レストランのディナー、野菜中心の朝食は特別な体験となっている。また客室の露天風呂はずっと入っていても湯あたりしないぬる湯で、芯からゆっくり温まれる。

施設の中央には、この宿の元となる下級武士の湯を再現した宿泊者限定の「小柳之湯」がある。この地域にはご近所や仲間しか使えない「仲間の湯」が点在するそうだが、自分も〈松本十帖〉の「仲間」となり、ここに戻ってきたい、そんな温泉だ。

下級武士の湯を再現した「小柳之湯」
下級武士の湯を再現した「小柳之湯」。