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長井短「優しさ告げ口委員会」:こっそりな人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第33回。前回の「駄々こねる人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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「こっそりな人」

乗り換えのために混雑した地下街を歩いている時だった。周りには買い物袋やキャリーバッグを持った観光客がたくさん。みんながバカンスに見えて、日常を送る私は少し自分が悲しくなった。だから、別に急いでいる訳じゃないけれど、できるだけ早くこの波から抜け出せるよう歩みを進める。

すると目の前に家族連れが現れた。どう考えても旅行だ。両親と祖父母だろうか。それから幼稚園くらいの男の子が2人。楽しげにぷらぷらと、6人が思い思いのペースで歩いている。それは通学路をちんたら広がって歩くいつかの自分のようで、懐かしさを感じた。

この家族を追い越すのは、バカンスに水を差すことになりそうで、私はぼーっと彼らに歩調を合わせて歩き続ける。

すると、お兄ちゃんであろう眼鏡をかけた男の子がスッと私を見上げた。ぱちっと目が合う。微笑みかけようとすると、男の子が動いた。隣をふらふら蛇行しながら歩く弟の左腕を掴んで、自分のそばに引き寄せたのだ。

長井短「優しさ告げ口委員会」:こっそりな人

見事に私の前に道ができる。彼は照れ臭そうにはにかんで、私はお礼を込めてにっこり笑いかけながら会釈した。彼も会釈を返してくれる。もじもじ両手を握りながら。お兄ちゃん。君が今振る舞ってくれた優しさを、家族はみんな気づいてないね。だから、私と君との秘密だね。それってなんだかワクワクする。

きっとこの旅行中、家族に内緒でした良いこと、他にもいっぱいあるんだろう。あなたが悪戯みたいに振る舞う優しさを受け取った私は、それをパスして誰かにこっそり優しくしたい。そんな気持ちにさせてくれてありがとう。気をつけて帰ってね。

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