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長井短「優しさ告げ口委員会」:見てるぜっの人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第31回。前回の「タクシー探す人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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「見てるぜっの人」

キャッシュオンの飲み屋で何を頼もうかぼんやり立っていると、私の前に2人組のおじさんが立つ。あれ?並んでたんだけどなと思いながら様子を窺うと、2人は楽しそうにお喋りをしていて私の存在に全く気づいていないようだった。

どうしよう。別に急いでいるわけではないけどモヤモヤする。普通に声をかければ良いだけなのに、なんとなく気が引けた。

その時、横から視線を感じる。そちらを見ると、レジ近くの席で飲んでいた外国人のおじさんが私を見つめていた。視線があったかと思うと、眉毛を思い切り持ち上げながら目を見開いて、私の前に並ぶおじさんたちを見る。これまで生きてきて、最も言葉が伝わってくるジェスチャーだった。

長井短「優しさ告げ口委員会」:見てるぜっの人

「横入りされちゃってるよ?いいの?」。私とおじさん2人組を交互に見つめる彼の顔の下には、しっかり字幕が出ているようだった。この人、見てたんだ。誰かが見ていてくれるとなると、急激に「言おう」という勇気が湧いて、だから私は口を開いた。「すいません、並んでたんですが」。

するとおじさん2人組は、何も言わずに場所を譲った。ふぅ、よかった。ちゃんと言えた。安心してもう一度外国人のおじさんを見ると、彼は「よくやった」と顔で言って、友達とのお喋りに戻った。

誰かが困っている時、そこに割って入って助けることも大切だ。でも彼のように、ただ見ていること。そして「私は見ていますよ」という信号を送ること。これってものすごく励みになる。一人じゃないと感じられて、行動する勇気が湧く。優しさにはこういう控えめな方法もあるんだなと知って、私はホクホク生ビールを飲んだ。

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