あげっぱなしの人
その日の新幹線は満員御礼で、指定席エリアのデッキにも人が溢れかえっていた。私はなんとかゲットした指定席に座ってぼんやりと行き先のことを思う。
その時、背後から泣き声が聞こえた。それは、デッキに立っている若いお母さんが抱っこしている赤ちゃんの声だった。すぐそばにはベビーカーもある。この人は、子供の泣き声の為にデッキにいるのか、それとも自由席が空いてなかったのか。どちらにしても、今私にできることはないと感じた。心は思いやりを持ちたがっているけれど、体がいうことを聞かないのだ。
その時、私の横を一人のおじさんが通り過ぎる。彼は片手にロング缶、もう片方にパンパンの白いビニール袋をぶら下げて、さっきのお母さんに声をかける。「あの、私の席あそこなんですけど私お酒を飲みたくて、でも中だとちょっと飲みにくいんでここに立ってようと思って。よかったら座ってください」「あ、大丈夫です」。
展開が速すぎてついていけない。まずなんだおじさんは要はあれか。席を譲ると。指定席なのに!しかも「酒飲み辛いから」っていうあくまで自分の都合で譲ると。これはジェントル。で?次がなんだ。断ったのかあのお母さんは。まぁ一席だけ空いても使い方難しいもんな。断られたおじさんは気まずそうに立っているのかしらと目を向けると、彼は晴れやかな表情でビールを飲んでいた。
そうだ。優しさって、受理されなくても良いものなのだ。受け入れてもらうためにやるわけじゃあないんだから。自分にできることをして、敢えなく散ったおじさんはご機嫌で、なぜだか私も満たされたような気持ちになった。