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長井短「優しさ告げ口委員会」:自転車ガチ勢の人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第18回。前回の「祝福の人」も読む。

text&illustration: Mijika Nagai

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約2ヶ月に渡る久々の演劇生活に備えて、電動自転車を買った。アラサーを迎えてはっきりと体力が落ちてきたこと、スマホの見過ぎで目が痛いこと、体重増加、幾重にも重なる苦しみを一発で解決できるのが、電動自転車なのである。

かなり抵抗のある値段だったが、一度買ってしまえば以降電車賃やら怠惰タクシー代から解放されるんだからと気合を入れて購入。やっぱり自分で買った自転車は最高で、東京は私の庭となった。そして迎えた稽古初日。自慢の愛車に乗って稽古場に向かおうと、駐輪場へ。

バッテリーを装填するのはこの日が初めてだった。まぁでも、普通にできるっしょと呑気に手を掛けたものの、全くハマらない。全然、電池がパコンとなる気がしない。汗が噴き出る。道に迷う可能性を計算に入れて早めに家を出たものの、かれこれ5分、いや7分はガチャガチャし続けている。え、これ私、今日は自転車諦めた方が良い感じですか?買ったのに?

「優しさ告げ口委員会」:自転車ガチ勢の人_イラスト

半泣きで諦めかけたその時「ハマんない?」。野太い声がする。振り返ると、指の出たグローブをはめ、ピチピチのタイツを穿いたおじさんが佇んでいた。こ、こいつ……ガチ勢だ……自転車ガチ勢おじさんだ……!

目の前に降り立った神に私は縋り付く。「助けてください」。すると神は「貸してごらん」と言って私の憎き電池パックを受け取りしゃがみ込む。「あーこのタイプね。はいはい」。パコン。……秒殺であった。神は振り返り「押し込むんじゃなくて、傾ければいいよ」とにこやかに仰り「安全運転でね」と言って去っていった。

あぁ神よ……あなたのお陰で私はあれから、安全運転を続けています。

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