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村上小説の妄想食卓「あの頃の東京のトマトソース・スパゲティー」

きりりと角の立ったサンドイッチ、ぴったりのタイミングでゆで上がるパスタ、グラスに注がれるウイスキー……。そそる「食」のシーンもまた、村上作品の魅力だ。印象に残る名シーンをぎゅっと詰め込んだ食卓はどんな風景になるのだろう。時代背景や前後の文脈をじっくりと読み込んで具現化した「妄想食卓」へようこそ。

Photo: Satoshi Nagare / Styling: Tomomi Nagayama / Cooking: Shizue Ota / Text: Sawako Akune / Edit: Masae Wako

『ねじまき鳥クロニクル』第2部

僕は鍋に水を入れてガスの火をつけ、それが沸騰するまでにFM放送を聴きながらトマトのソースをつくった。(略)オリーブ・オイルを熱してにんにくを入れ、そこにみじん切りにした玉葱を入れて炒め、玉葱に色がつきはじめた頃に、あらかじめ刻んで水を切っておいたトマトを入れた。何かを切ったり炒めたりするのは悪くなかった。そこにはたしかな手応えがあり、音があり、匂いがある。

 鍋の湯が沸くと塩を入れ、スパゲティーを一摑み入れた。そしてタイマーを十分にセットし、流しの中の洗い物をした。

「あの頃の東京のトマトソース・スパゲティー」

今や日本人にもすっかり馴染み深いトマトソースのパスタだが、日本に本格的にイタリアンが広まったのは1980年代半ば。『ねじまき鳥クロニクル』はまさにその頃の東京が舞台で、都市生活者らしい、しゃれた料理をしていたのがわかる。そんなところから〈Alessi〉のトング、〈ラゴスティーナ〉社の《パスタロボ》、〈バリラ〉社のパスタと、すべてイタリア製を揃えた。