『安岡章太郎集1』
なにしろ文章の姿勢がまっすぐだ。
戦後の日本の小説家の中でいちばん文章がうまい人というと、やはり安岡章太郎だろう。最初に彼の『ガラスの靴』を読んだとき、そのうまさに驚愕した。そしてそれが彼にとっての処女作であると知って、更に驚愕した。この人はそもそもの最初から既に完成した作家だったのだ。美しい声をもつ歌手と同じで、生まれつきの才能と言ってしまえばそれまでだが、なにしろ文章の姿勢がまっすぐだ。
その文章家としての質の高さは、彼の作家人生の最後まで損なわれることなくしっかり維持されたが、その美質がもっとも溌剌と表出されたのは、やはり初期の短編集ではなかっただろうか。この『安岡章太郎集1』に収められた「ガラスの靴」「ジングルベル」「宿題」「愛玩」「蛾」……どれもまさに舌を巻く出来の短編小説だ。
安岡さんとは一度だけ、妙な成り行きで酒席を共にしたことがあるが、そのときはまだ彼の作品をきちんと読んでおらず、「へんなおっさんだな」としか思わなかった。残念だ。