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〈村上春樹ライブラリー〉が早稲田大学キャンパス内にオープン。「村上ワールド」を全身で体感せよ

2021年10月1日、早稲田大学キャンパス内に〈村上春樹ライブラリー〉がオープン。作家自身が企画に関わり実現した、「村上ワールド」を全身で体感できる地上5階地下1階の大空間を探索した。

Photo: Takeshi Abe / Text: Kosuke Ide

“再占拠”された4号館を
勢いのある場にしたい。

村上さんいわく、「生きているうちに自分の名前つけてほしくないんだよね」。そんなご本人の希望もありながら、あくまで“通称”として命名された〈村上春樹ライブラリー〉なる施設が、この10月より村上さんの母校・早稲田大学キャンパス内にオープンする。その正式名称は〈早稲田大学国際文学館〉。

村上春樹文学を起点に、グローバルに文学を研究・発信し、国際交流を図る取り組みを行う機関として立ち上がった当館は、村上さんに関する資料が最も数多く集まる世界的な研究拠点であると同時に、その作品と人物に深く迫り、身近に体感することができるファン必見のスポットだ。入居する施設は、村上さんが学生時代、足繁く通って古いシナリオを読み込んだという〈坪内博士記念演劇博物館〉に隣接する4号館を、建築家の隈研吾がリノベーションして新たに蘇らせたもの。「僕が学生だった1970年頃は、すごく汚い建物だった」と村上さんは当時を振り返る。

「当時、この4号館は学生運動で学生たちが占拠したけど、機動隊に追い出されたという因縁があって。それを今、せっかく“再占拠”したんだから、勢いのある場にしたいですよね。大学の論理じゃなくて、個人の論理で運営したい。なるべく大学の殻みたいなものをぶち破って。暴力じゃなくて、平和的にね」

その言葉通り、当館には多くの面で本人のアイデアが取り入れられ、一般的な文学研究施設とは一線を画したスペースとなっている。全6フロアに及ぶ館内には、ギャラリーラウンジ、オーディオルーム、スタジオ、ラボ、展示室、研究書庫、セミナールーム、カフェ、村上さんの書斎(再現)までを配備。その背景には「先生が生徒に教え、生徒は先生から学ぶというだけじゃつまらない。学生を中心に、ゼロから何かを立ち上げていく場所として機能してほしい」という村上さんの強い希望がある。

木を多用した温もりある空間に、著作の初版本や膨大な翻訳版が並び、長年蒐集するレコードの一部、自宅やかつて経営していたジャズ喫茶で使用していた家具やピアノまでが持ち込まれたそのさまは、譬えが軽すぎるかもしれないが“村上文学テーマパーク”と呼びたくなるほどに、幅広い人々に開かれた多彩な魅力を備えている。レクチャー、コンサート、朗読会、番組放送など企画は無限に広がる。その勢いのある試みは始まったばかりだ。

もともと地下1階から地上2階まで分けられていたフロアを吹き抜けに。両側には本棚が並び、上部は木材を使用したトンネル構造になっている。本棚には村上作品のみならず関連する海外文学なども並ぶ。

トンネルをくぐって入り、
村上文学を体で味わう。

「村上さんの小説を読み始めると、僕はトンネルの中に吸い込まれるような感覚を味わう」。ライブラリーの中に設置された、館内のリノベーションを手がけた建築家・隈研吾のコメントを記したパネルボードには、こんな言葉がある。そのトンネルに誘われるように奥へ進み、ページを閉じる時には、「穴に吸い込まれる前の僕とは全く別の人間になっている」のだと。

そんな隈研吾の感じる村上文学の本質を象徴的に表現するように、ライブラリーのエントランスを抜けてまず眼前に広がるのは、木材をアーチ状に配した大屋根がまさしくトンネルのごとく階下へと誘う階段スペース。両サイドの壁面は大きな書架になっており、左側には〈BACH〉幅允孝が選書した村上作品の副読本、右側には川上未映子、柴田元幸ら各界の識者が選んだ世界文学の書籍が並び、文学世界への「とば口」を体感できる構造だ。

その階下、正面に鎮座する「土星」(舞台『海辺のカフカ』の美術セットとして使用されたもの)も含め、ちょっとした“異空間”な趣の設えは通常の研究施設のイメージから飛躍したどこかワクワクするようなムードに包まれている。地下1階にはカフェ、1階にはギャラリーラウンジ、2階には企画展が行われる展示室も。村上作品の世界観を体で味わうことができる「体感型」ライブラリーのコンセプトが追求されている。

実際に手で触れて体験し、
共有する交流の場に。

そもそもこのライブラリー設立のきっかけは、村上さん本人から作品の執筆関係資料、書簡、書籍などの寄託・寄贈を受けたことにあるが、中でもこの館をユニークな存在にしているのは、熱心なコレクターとしても知られる村上さんが蒐集してきた数万枚の音楽レコードの一部が持ち込まれ、村上さんの理想とするリスニング環境で実際に聴けるということ。「音楽を体にどんどん染み込ませていくと、それが自分の一部になる。自分が文章を書く時に助けてくれる」と自身で語る通り、村上文学にとって音楽は重要な位置を占める。

スピーカー、ターンテーブルなどオーディオ機器の選定にもこだわった1階オーディオルームは、来訪者がその音楽体験を共有できる場として機能する場。そこには、アナログのサウンドシステムに触れたことのない世代の学生たちに「実際に手触りを感じて、匂いを嗅いで、音を聴いてほしい。物に触る体験って、僕は大事じゃないかと思う」という希望がある。

そんな若者たちへの期待を具現化するかのように、地下1階のカフェでは学生が運営するという大胆な試みも始まっている。当然ながら、村上さん自身が在学中に夫婦でジャズ喫茶を開業したという歴史を踏まえた企画だ。集い、触れ、関わり、何かが生まれるライブラリーへ。目指すのは、村上作品を通じてあらゆる人々をつなぐ交流の場だ。

階段本棚に陳列される本は期間によって入れ替わる。開館時の企画内容は「村上春樹とその結び目」。