本屋の廃業が相次ぎ、活字離れが叫ばれる昨今。メディアの多様化やネット型書店の定着のみならず、新規開業のハードルの高さもその一因になっているのだとか。出版流通大手のトーハンが運用を始めたのが、新しい本屋開業パッケージ〈HONYAL〉。初期コストを最小限に抑え、在庫数百冊程度からコンパクトに始められるこの仕組みを用いれば、ライフスタイルに応じて自分らしい本屋を開くことも現実味を帯びてきそう。ミュージシャンの曽我部恵一さんが妄想するのは、どんな本屋なのだろう?
音楽書を車のトランクに積んで。各地で開く移動本屋
店主 曽我部恵一
書店名 PINK MOON BOOKS
音楽に関連する書籍だけを扱う本屋をやってみたいですね。もともと聴くことと同じくらい、楽曲やアーティストの背景について本で読んだり調べたりするのが好きで。ディスクガイドからミュージシャンの自伝や評伝、音楽を起点にした小説まで、さまざまな音楽書を集めることができたらなと思っています。
15年ほど前から運営している下北沢のレコードショップ兼カフェバーでも、実はオープン当初は音楽書やアートブックの販売を試みたことがありました。実現はできませんでしたが、自分がセレクトした本を並べた店を開くことは、かねて叶えたい夢の一つでもあるんです。店のスタイルとしては、特定の場所を構えるのではなく、自在に移動できるような形態にしたいですね。
僕が日頃各地の野外フェスやイベントに出演する時は、車に機材のほか、Tシャツやレコードなどのグッズを積んで、自分で運転して移動しています。それと同じように車に本を積んで、会場に着いたらそのままトランクや扉を開けて、グッズとともに販売できるスタイルにするのも楽しいかも。
書店名は、コロナ禍に下北沢で運営していたレコードショップ〈PINK MOON RECORDS〉にちなんで、〈PINK MOON BOOKS〉に。自らカウンターに座って、値つけをしたり、ポップを書いたりする時間が楽しかったので、本屋においても自分で仕入れて、自分でお客さんに本を渡すくらいこぢんまりとした規模感を引き継ぎたいなと思っています。
本を起点に、曲と出会う楽しみも
具体的に扱いたい本の一つが、バンド〈プライマル・スクリーム〉のボーカルの自伝『ボビー・ギレスピー自伝 Tenement Kid』です。彼は80年代以降のイギリスのユースカルチャーの中心にいた人物で、レイブカルチャーの流れが彼の目線で網羅されているところも面白い点です。
また、『スケルトン・キー:グレイトフル・デッド辞典』も並べたい一冊。アメリカのヒッピーカルチャーを代表するバンド〈グレイトフル・デッド〉にまつわる450以上のキーワードを辞典形式で紹介したガイド本で、ミュージシャンとしての彼らの歩みとともに、政治体制の枠の外で生きる若者のことがわかるような仕上がりになっています。
さらに、音楽ジャンルの一つ、ダブの発明者であるジャマイカの音楽家の伝記『キング・タビー——ダブの創始者、そしてレゲエの中心にいた男』もいいですね。その人生や功績と同時に、彼に射殺という悲劇的な末路をもたらしたジャマイカの政治的な不安定さも描かれます。……とこんなふうに、文化史や社会史として価値を持つ本が多いことも音楽書ならでは。
ジャンルのニッチさゆえ、発売から数年で手に入らなくなってしまう場合も多いですが、売れ筋よりも、自分なりの目線で大事な本を扱っていきたいなと。今はサブスクなどで、気になったアーティストの楽曲をすぐに聴くことができる時代。本を起点に音楽というメインコンテンツに辿り着くのも一つの楽しみ方だと思います。
僕が行きたくなるのは、店主の佇まいや空気感が心地よい本屋。人柄が品揃えに表れていたり、時折言葉を交わしながら本を選ぶことができたりするのが、リアルな場の醍醐味です。だから自分の本屋も、店主、お客さんを問わず互いに距離が近い空間がいいなと。アナログな感覚とともに、本との出会いを楽しめる場になればと思います。