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夏目漱石、南方熊楠etc. 偉人が歩いた山と本 〜国内編〜

山は数々の偉人たちに愛されてきた。ある者は挑む対象として、ある者は創作の源として、そしてある者は守るべき対象として。国内外の偉人たちが残した足跡を伝える本とともに、彼らが愛した山々に思いを馳せる。海外編はこちら

illustration: Mao Nishida / text: Takashi Sakurai

夏目漱石/文筆家(1867〜1916)

MOUNTAIN:阿蘇山(熊本県)

西田真魚 イラスト_夏目漱石

偉大なる文豪、阿蘇での遭難体験

夏目漱石の小説には、山に登る描写が出てくるものがいくつかある。特に阿蘇山には熊本滞在中にしばしば通っていたようで、その様子を詠んだ俳句なども多い。

自身の阿蘇山への登山体験を基にして書かれたといわれている『二百十日』では、主人公2人が噴煙を上げている阿蘇の火口を見に行こうとするが、嵐のために遭難しそうになり、やむなく撤退。その場所は現在では坊中キャンプ場になっていて「え?ここで?」というような感じの平和な場所。

小説の厳しい自然描写と比べると、その後いかに整備されたかがわかる。山歩きが登場する漱石の小説はほかに『草枕』があり、舞台となった熊本市島崎から玉名郡天水町につながる道は〈草枕ハイキングコース〉として整備されている。また『虞美人草』の冒頭は、京都・比叡山に入る描写から始まっていて、おそらく漱石自身も、高野川付近から入る松尾坂のルートを歩いたと思われる。

串田孫一/詩人、随筆家(1915〜2005)

MOUNTAIN:鳥甲山(長野県)

西田真魚 イラスト_串田孫一

山を愛した文人が通った信州の秘境

趣味としての登山を日本中に広めた立役者の一人が、『アルプ』という山の文芸誌を立ち上げた串田孫一。日本のさまざまな山を歩いている彼が特に気に入っていたのが鳥甲山(とりかぶとやま)。山好きの友人に会うたびに「鳥甲山という山知ってる?」と問いかけるほどだったという。

春夏秋冬と季節やルートを替えて何度も登っているが、当時は登山道などもなく、自らルートを開拓していく冒険的な登山だった。著書『菫(すみれ)色の時間』の中でも「道は全くない。あればけもの道が見つかるくらいで、踏みあともない。稜線は白檜の間に根曲竹が密生して、鉈をふるいながら歩くより方法がない。(中略)そんなことで、私は一般にはまだすすめられない山だと思っている」と書いている。

現在でも山深い場所に位置し、急登(きゅうとう)やすっぱりと切れ落ちた危険箇所なども多いため、かなり緊張感のある山。登山上級者のみに許された秘境というのは、今も変わっていない。

南方熊楠/博物学者、生物学者、民俗学者(1867〜1941)

MOUNTAIN:ひき岩群(和歌山県)

西田真魚 イラスト_南方熊楠

博物学の巨星が粘菌を探したホームグラウンド

和歌山県田辺市に住んでいた時期に、植物や粘菌の研究のため、熊野や高野山周辺を歩き回っていた南方熊楠。そのエリアはほとんど踏査しているといわれている彼が、頻繁に通っていたのが「ひき岩群」と呼ばれる奇岩が多数ある場所。熊楠はここで粘菌の採取や観察を行っていたという。

田辺市の市街地からも近く、約4時間ほどのライトなルートをはじめ、さまざまなハイキングコースが設定されているので、現在では気軽なハイキングから、本格的な山歩きまで楽しめる人気の場所だ。地元の小学生たちの遠足コースの定番にもなっている。

ちなみに熊楠は、自然保護を訴えた最初期の日本人でもあり、研究対象の粘菌なども、必要以上に採取することはなかった。そのため、ようやく時代が熊楠に追いついてきた、などといわれることもある。熊野周辺には、熊楠の働きのおかげで守られたという自然が多く残っている。

加藤文太郎/登山家(1905〜1936)

MOUNTAIN:元六甲縦走路(兵庫県)

西田真魚 イラスト_加藤文太郎

孤高の男が己を鍛え上げたガチトレ道

新田次郎の小説『孤高の人』の主人公である加藤文太郎は、大正末期から昭和初期に活躍した実在の登山家。単独登攀(とうはん)を好み、冬の槍ヶ岳単独登頂は、当時の登山家たちをあっと言わせた。兵庫にある六甲山を全山縦走したのは彼が最初だといわれている。そんな彼の日常的トレーニングが尋常ではないのだ。

まず、神戸市和田岬にあった会社の寮を早朝に出て、須磨の敦盛塚から宝塚までの六甲全山を縦走する。その後で、市街地を歩いて、なんとその日の深夜のうちには和田岬の寮に戻ってきたのだという。合計すると100kmを超える長距離で、それを24時間以内にこなすという驚異的な健脚だ。不死身の加藤の異名はダテではない。

そんな加藤のトレーニング道は、現在では、文太郎道という別名でも親しまれ、六甲全山制覇は、ハイカーにとってはある種のステータスとなっている。トレイルランナーにも人気で、一部を歩くライトなものも。

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