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なぜ、今“ジャズ”を語るべきなのか?文・柳樂光隆

100年以上前に生まれたジャズは、2023年の現在、あらゆるジャンルと混ざり合いながら、刺激的な音楽に進化している。“今、最も面白い音楽=ジャズ”の入口をご案内します。さあ、肩の力を抜いて、新しいジャズの世界へ!

text: Mitsutaka Nagira

常に進化を続けてきた、ジャズという音楽

ジャズは、誕生したとされる19世紀末から常に進化してきた音楽だ。これまでも新たな才能が生み出した革新的な音楽が次の世代に可能性を与え、次の世代の背中を押してきた。

例えば、1940年代には、アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーが、即興演奏に特化したビ・バップと呼ばれるスタイルを確立させた。ピアノでビ・バップを弾くためにバド・パウエルは新たな奏法を生んだ。その型破りな発明はビル・エヴァンスをはじめ、続くほぼすべてのピアニストに新たな可能性をもたらした。

さらには、1960年代末に、マイルス・デイヴィスが、エレクトリック楽器を導入して行った実験の数々は、チック・コリアの『Return to Forever』をはじめとしたフュージョンのムーブメントの呼び水となった。それ以外にも、列挙しきれない数多(あまた)のミュージシャンが、ジャズを更新してきた。

世界に驚きを与えた、21世紀の地平を開いた立役者

そして、21世紀。今ジャズはさらに大きな変化を見せている。その要素はじわじわと、他のあらゆる音楽ジャンルに広がっていき、2023年の現在、そこには“ジャズ”と呼んでよいのか逡巡してしまうほど豊かな多様性が生まれている。その立役者の一人が、ロバート・グラスパーというピアニストである。

21世紀のジャズにおける“革命家”といってもいい一人であり、2009年にリリースされた彼のアルバム『Double Booked』はジャズとヒップホップの融合をほぼ完成の域にまで持って行ったことで歴史的名盤として知られている。このアルバムと次作『Black Radio』での彼らの演奏の革新性には世界中が驚き、ここを起点にプレイヤーはより自由に新しいジャズへの可能性を追求するようになった。

もちろん、グラスパーや、彼と近い世代に影響を与えたミュージシャンも存在する。とりわけ彼の背中を押したのはレディオヘッドをカヴァーするピアニストのブラッド・メルドーであり、ディアンジェロの作品に貢献したネオソウルの重要人物であるトランペット奏者ロイ・ハーグローヴでもある。

ほぼすべてのミュージシャンは誰かが開けた扉を通り抜け、その先で自らの新たな表現を模索する。まるでバトンが手渡されているかのようにジャズは受け継がれてきた。

ポップミュージックに広がるジャズの現在地

グラスパーらの世代が新しい可能性の扉を開けたことで、ジャズとして認知されうる音楽の枠組みはこれまでとは比較にならないほどに拡張され、その捉えられ方が加速度的に自由で柔軟になったことには触れておくべきだろう。だからこそ、21世紀以降、ジャズは最もフレッシュな音楽として再び脚光を浴びるようになった。

それはこの数年のシーンを見ていけば一目瞭然だろう。そしてそれは、より身近なポップミュージックをはじめとするメジャーシーンにも確実に広がっている。例えば、アメリカ・ニューオーリンズ出身のジャズピアニストでヴォーカリストのジョン・バティステが2022年のグラミー賞で最優秀アルバム賞を含め、ジャンルを跨ぎながら5部門受賞したことは象徴的な例だ。

ニューオーリンズの伝統的なジャズからヒップホップとジャズの融合手法までを縦断しながら、それを懐かしくも新しいポップ・アルバムとしてまとめあげた手腕には誰もが驚いた。同じアメリカでもロサンゼルスに目を移すと、フライング・ロータスを中心としたコミュニティからカマシ・ワシントンやサンダーキャット、ルイス・コールらが出てきて、ケンドリック・ラマーをはじめとしたヒップホップ周辺とのコラボも活発だ。

日本でも星野源らが彼らの音楽からのインスピレーションを語っており、ポップスにおいてもその評価と影響力は絶大だ。近年、その周辺からサックス奏者のサム・ゲンデルが頭角を現し、シンガーソングライターの折坂悠太らとのコラボが日本で大きな話題になった。その勢いはとどまることを知らない。

大西洋を渡ってロンドンではアフリカやカリブ海からの移民の子供たちがレゲエやアフロビート、イギリス独自のラップミュージックのグライムなどをジャズと融合させ、新しいジャズを生み出している。そこからシャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシア、トム・ミッシュ、エズラ・コレクティブなどのスターが生まれ、ジャズに関して先進的なイメージが全く無かったイギリスのシーンが世界中で人気を博している。

その活躍は宇多田ヒカル『BADモード』においても明らかで、起用されているのはロンドン屈指のサックス奏者ソウェト・キンチや新鋭ピアニストのルーベン・ジェイムズである。

世界のジャズと繋がる、日本のメジャーミュージック

日本人でも、ピアニストのBIGYUKIやジャズ作曲家の挾間美帆、トランペット奏者の黒田卓也らの、海外での活躍は目が離せない。一方で、ポップミュージックとの接続も盛んだ。

石若駿が、星野源や米津玄師、中村佳穂や君島大空などの作品に参加しているのを筆頭に、TENDREをサポートする小西遼やWONKを支えるMELRAW(安藤康平)、ずっと真夜中でいいのに。に起用された和久井沙良など、ジャズミュージシャンがJ-POPに欠かせない存在になっている。

彼らは常田大希のmillennium paradeや石若駿のAnswer to Rememberに集結することもあり、まるでジャズを中心としたミュージシャンたちのコミュニティが形成されているようでもある。これほどまでにジャズミュージシャンの存在感が大きいのは日本の音楽史の中でも特筆すべき出来事だろう。

他にも南アフリカやブラジルをはじめ、世界各地のシーンでジャズミュージシャンたちは新たな表現を紡いでる。ただ、ここで名前を挙げたのはあくまでも現在の話。2020年代を牽引していく可能性を秘めた新たな世代がすでに頭角を現し始めている。

2000年代に変革を起こし、一気に自由度を増した2010年代のジャズは豊かで刺激的だったが、2020年代もその勢いが止まることはないだろう。ここまで挙げた名前だけでもわかるように、私たちが普段耳にしている音楽にもそのDNAは確実に組み込まれている。そんな“ジャズの今”と“ジャズのこれから”を楽しむヒントがこの特集には詰まっているはずだ。