ジュリーが盗んできた
「速そうなやつ」RX−7。
武道館を見下ろすビルの屋上で菅原文太演じる山下警部と沢田研二(ジュリー)演じる「9番」が睨み合う。ジュリーの足元にはボウリングバッグに入った原子爆弾。武道館では満員の客がスーパースターの登場を待ちわびている。文太は言う。「ローリング・ストーンズなんか来やせん」。
長谷川和彦(ゴジ)監督の映画『太陽を盗んだ男』(1979年公開)。原子力発電所からプルトニウムを強奪したジュリーがアパートの部屋で原爆を自作、「俺は9番目の核保有者になった」(映画が作られた70年代末、核保有国は8ヵ国)と日本政府を脅す話だ。
脅すといってもストーンズのライブを武道館でやれなど子供じみたことを要求するのだが。公開時は大ヒットしなかったが、荒唐無稽すぎる話と、ユニークすぎるキャスティング、無茶すぎる撮影裏話など、映画をめぐる逸話が伝説化、以降映画を一本も撮ってないゴジ監督の独特キャラもあいまって、年を経るごとに評価が高まりカルト化。
かく言うワタシも学生時代にこの映画にハマり、以後毎年1回は必ず観る。決まって年末の忙しい最中に観るのは破壊衝動に襲われるからだ。
白眉は後半30分。「拾ってきた。そのへんで一番速そうなやつ」という台詞とともにジュリーがサバンナRX−7で登場して始まるカーアクション。ラジオDJゼロを演じる池上季実子を乗せて逃走開始。国会議事堂前や芝浦など早朝の東京ど真ん中でカーチェイスを繰り広げる。むろんオール無許可。
首都高では制作陣が勝手に通行止めにし、助監督だった相米慎二や制作進行係だった黒沢清らは逮捕覚悟で撮影に挑んだという。しかも、RX−7の池上季実子はサンルーフから身を乗り出してハコ乗り状態だし、コスモAPで追走する文太はトレーラーと衝突し上半分をふっとばしてオープンカー状態。やりたい放題だ。
ゴジ監督は広島出身。終戦の翌年に生まれ、母親の胎内にいるときに被曝した。原爆投下から三十余年が過ぎたあの頃、監督は改めて「あの戦争」を問いたかったんだと思う。
『仁義なき戦い』のヤクザ広能昌三がハマリ役だった管原文太に“国家の犬”を演じさせ、RX−7やコスモを提供したマツダの本拠地は広島。そう、この映画の裏テーマは広島なのだ。