鉄矢と健さんと赤い小粋なハッチバック
殺人罪で網走刑務所に服役していた男(高倉健)が刑期を終えて出所し、故郷の夕張に戻ってみれば、別れたはずの恋女房(倍賞千恵子)が黄色いハンカチを掲げて待っていた———。
山田洋次監督の映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)。映画を知らずともハナシの筋をなんとなく知る人は多いと思う。中には食わず嫌いの人もいるかもしれない。ああ、感動するやつでしょ、と。いやいやいや。もしも観たことがないなら、絶対に観るべし。コメディと人情劇とロードムービーが三位一体となった大傑作であることがよくわかると思う。
主演は元炭鉱労働者・島勇作を演じる高倉健だが、この映画にはもう一つの筋がある。それが武田鉄矢扮する非モテの若者・花田欽也をめぐる話である。というか、映画前半は鉄矢が主役。山田洋次の冴えまくった脚本により、どんなお笑い芸人よりも笑えるセリフと、“短い足”を生かしたちょこまかした動きで、情けなさ120%マシの「おもしろ鉄矢」を堪能できるのである。
映画は、失恋した欽也がヤケをおこし、働いていた工場を辞め、退職金をつぎ込み、赤いマツダ・ファミリアを購入するところから始まる。欽也は車好きらしく、部屋にはカウンタックのポスターが貼ってある。つまり、スーパーカーなんてのはもちろん買えないけれど、ラテンのにおいのする“ホットハッチ”には乗りたい。4代目ファミリアはそんな欽也のような若者の夢を叶えるクルマとして登場したのである。そして欽也はフェリーで北海道へ渡り、あわよくば女の子と旅をしたいとナンパに精を出し、同じく失恋の傷を癒やすために北海道へやってきた朱美(桃井かおり)を口説き落とす。その後、網走の海岸で勇作に出会ったことで、3人での珍道中が始まり、勇作の過去が語られていく。
とにかく、前半であんなに笑わせておいて、後半に大泣きさせる構成が秀逸。そしてこの映画、武田鉄矢の俳優デビュー作であるとともに、高倉健にとってはそれまでのヤクザ路線を脱するキッカケにもなっており、健さんに「網走刑務所から出所する」設定を与え、「俺は不器用な男だから」なんてセリフも言わせている。山田洋次の喜劇魂を感じる一作でもあるのだ。