「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:ポルシェ911S

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第27回。前回の「バッドモービル」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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キング・オブ・クールのキング・オブ・ポルシェ

フランスの田舎道を疾走するスレートグレーのポルシェ911S。目指すはパリから南西200㎞に位置する町、ル・マン。運転手はル・マン24時間レースに参加するポルシェチームのドライバーの男。サーキットに到着すると、外周道路にポルシェを止め、フェンス越しにメゾン・ブランシュのコーナーを険しい表情で見つめる。そこは昨年のレースでフェラーリとトップの座を争う中、事故が起こってしまった場所。フェラーリのドライバーは死に、男は九死に一生を得たのだった。

映画『栄光のル・マン』(1971年)はスティーヴ・マックイーンが私財を投じて作り上げたカーレース映画の金字塔。もともとメカが大好きな“エンスー”マックイーン。ポルシェ356スピードスター、ジャガーXKSS、フェラーリ250GTベルリネッタ・ルッソなど所有した名車は数知れず。カーレース映画は彼の悲願で、F1グランプリの映画を作りたいと、自身もレースドライバーとしての経験も積み、制作プロダクションも立ち上げた。しかし、ジョン・フランケンハイマーの『グラン・プリ』(1966年)に先を越され、テーマをル・マンに切り替えた。

「本格的」な映画を撮りたいマックイーン。実際のル・マンにも出場しようとするも、映画会社から強硬に反対され、カメラを搭載したレースカー(フォードGT40)を走らせることに。レース後に行われたサーキットでの撮影では、本番さながら、レースカーもポルシェ917Kやフェラーリ512Sなど20台以上の「本物」を揃え、カースタントもル・マンのチャンピオンを含む現役ドライバーたちが担当(全員に911を支給する太っ腹!)。

撮影中、ドライバーが足を切断するアクシデントが起こったものの(その事故シーンもちゃんと使用)、映画会社はドル箱スター“キング・オブ・クール”の映画だから大ヒット間違いなしと踏んでいた。が、フタを開けてみればドラマ部分がほとんどない全編ドキュメンタリータッチのクールすぎる内容で興行は惨敗。マックイーンも大きな借金を背負った。

1980年、マックイーンは50歳で生涯を終えた。ル・マンに出場できなかったことを最期まで悔やんでいたという。

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