「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:バッドモービル

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第26回。前回の「フィアット・ヌオーヴァ500F」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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バッドモービルはバットポットの音がする

セドリックは「かわいいサイズ」のコンドームのCMに出演する売れない役者。金欠にあえいでいるところにヒーロー映画に主演しないかと女性プロデューサーから声がかかる。

「脚本はこれ。『バッドマン』。アメリカのヒーローものみたいにしたいの」
「ていうか、『バットマン』のパクリっすか?」
「マントはないわよ。フランスだから予算はないし。でも“バッドモービル”はついてるから」。

突如スターになれるチャンスを摑(つか)んだセドリック。しかし喜びもつかの間、撮影途中で事故に遭い、それまでの記憶を喪失。“バッドスーツ”のままで覚醒すると「オレはスーパーヒーローだ」と思い込んでしまう。

コロナ禍のフランスでウケにウケたおバカ映画『バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー』。監督・脚本・主演はフィリップ・ラショー。彼は、原作漫画を「完璧」に実写化した『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』———40代のラショーは子供の頃に日本のアニメを観て育った世代。『シティーハンター』が好きすぎて北条司先生に直接交渉、冴羽獠の「もっこりギャグ」や、相棒・槇村香の「100tハンマー」を見事に再現。そしてこれもフランスで大ウケ———でも知られるコメディが得意な人物。感心するのは「笑いの伏線」を事細かに配置するところ。『バットマン』だけじゃなく、いろんな映画のオマージュやパロディがあり、ジャン=ポール・ベルモンドを彷彿させる人物を登場させ、政権批判をさりげなく入れ込み、外国人差別問題をチクリとやったり、「案件」の掃除機を出してみたり。とにかく、ネタをぎゅうぎゅうに詰め込み、緻密に作り上げていくのが彼の面白さ。

バッドモービルのベースは2005年式フォード・マスタング。クリストファー・ノーランの『ダークナイト・トリロジー』に登場する「バットポット」から拝借したと思(おぼ)しき走行音がするのがいい。劇中「警察が考案した“事故らないクルマ”」なる乗り物も出てくるが、運転中ウトウトするとヘッドレストからビンタマシーンが出てきて、シートからは浣腸棒がニョッキリ出てきたりするのもバカすぎて笑う。

ラショーはフランスの宮藤官九郎だと思う。下ネタ多めだけど。

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