シチリアの海に映えるボロボロのチンク
シチリア島タオルミーナ。海辺のレストランで食事をしていたエンゾのもとに難破船の解体作業で事故が起こったと報せが届く。エンゾはフリーダイビングの世界チャンピオン。愛車のチンクで駆けつけると、素早く海に潜り船内に閉じ込められたダイバーを救出。報酬1万ドルをゲットする。弟ロベルトは大喜び。「兄ちゃん、新車買おうぜ」。彼らのチンクはサビサビでボロボロ。フロントガラスも外れて廃車寸前。エンゾは言う。「いいや、塗り替えだ」「え、25ドルしかかかんないじゃん」「じゃあ二度塗りしろ」。リュック・ベッソンの出世作『グラン・ブルー』(1988年)の一幕である。
フィアット500、チンクエチェント。映画に登場するのは1966年製のヌオーヴァ500F。現行チンクの大本である。日本人には「ルパン三世のクルマ」といった方が馴染みがあるだろう。
ところで、『ルパン三世』の初期アニメシリーズでは、チンクのほかに、メルセデス・ベンツSSKやアルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ、シトロエン・2CVといった「エンスー車」があれこれ登場するが、これは原作者モンキー・パンチの意向ではなく、作画を担当した大塚康生や、演出を担当した宮崎駿らの「趣味」が反映されたもの。特にチンクは、「日本輸入車第1号」のオーナーとなった大塚のチンクがモデルだ。ルパンの愛車をチンクにしたのは、いつも泥棒に失敗するルパンはお金持ちではないはず、という理由からだったそうだ。とすると、ルパンのチンクを実写化するなら、エンゾのチンクぐらいボロなのがちょうどいい。
『グラン・ブルー』では、「二度塗り」したエンゾのチンクが再び登場する。永遠のライバル、ジャックと再会するシーンだ。実は、チンクが登場するのは、先に書いたシーンとここの2ヵ所のみ。両方合わせて数分しかないのに「『グラン・ブルー』といえばチンク」と強烈に刷り込まれているのは、エンゾを演じたジャン・レノとチンクのコンビネーションが、ルパンとチンクぐらい絶妙だからだと思う。映画では描かれていないストーリーをも勝手に想像させるのだ。ワタシに鳥山明なみの画力があればエンゾとチンクの漫画を描くんだけどな。