「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:フォード・マスタングⅡ

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第20回。前回の「ヒョンデ IONIQ 5」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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肩を抱きしめてほしいのは、ムスタングの男

山㟢努が自身の来し方を振り返ったエッセイ集『「俳優」の肩ごしに』を読んだ。ワタシは彼の書く簡潔で端正な文章が大好きだ。ああ、こんなふうに自分も文章を書きたい、といつも思う。そして、読んでいるうちに彼の出演作が無性に観たくなり、エッセイにも登場する盟友・藤田敏八が監督した『スローなブギにしてくれ』(1981年)を観返した。

原作は片岡義男の同名短編小説。映画はそれにいくつか別の短編も組み合わせたストーリーになっている。浅野温子演じる家出少女・さち乃は、山㟢努演じる中年の「ムスタングの男」に拾われ、夕暮れの第三京浜を走っていた。さち乃の膝には街で拾った仔猫。

しかし、大人ぶろうとするさち乃に自尊心を傷つけられたムスタングは、さち乃を猫と一緒にクルマから放り出してしまう。そこへ古尾谷雅人演じるオートバイ青年ゴローが通りがかり、さち乃を助け、2人は恋仲になる。

ちなみに、さち乃は横浜・黄金町出身で、ムスタングが家を訪れるシーンがある。観ていて気づいたが、山㟢努は黒澤明の映画『天国と地獄』で「地獄側」の貧しい人間を演じたが、その住まいも黄金町。藤田敏八、もしやそこにオマージュを?それにしても浅野温子の強烈な可愛さよ。ファム・ファタールとはこのこと。

ムスタングも、最初はただの子供と放り出したが、徐々にさち乃の“生命力”に魅了されていく。ムスタングは福生の米軍ハウスで原田芳雄演じる友人・輝男と、2人で共有する恋人・敬子と共同生活を送っていた。

片岡義男の小説ではこういった男女関係がよく出てくるが、10代の頃のワタシは成熟した大人の世界とはこういうものか、と思ったものだ。が、アラフィフになって改めて観ると、ただただ幼稚な関係性でしかないことがよくわかる。

そして、輝男は突然死し、敬子にもさち乃にも去られたムスタングは一人ぼっちに。最後は別の女を拾い、クルマごと海へダイブ。でも死に切れず、女だけが死体となってムスタングから発見される。

「Want you 俺の肩を抱きしめてくれ 生き急いだ男の夢を憐れんで」。南佳孝が歌う有名な主題歌。ゴロー目線の歌だと思い込んでいたが、ムスタング目線だといま気がついた。

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