ゴダールの
赤いクルマと青いクルマ
「拳銃と女とクルマがあれば映画ができる」。これがジャン=リュック・ゴダールの"名言"としてしばしば取り上げられたりするけれど、彼が言ったのは、「All you need for a movie is a gun and a girl」。いつしかそれに「クルマ」が勝手に追加されてしまったわけだが、そう言いたくなるのはよくわかる。ゴダールほどクルマを意識的に使った映画監督はいないからだ。
『勝手にしやがれ』のフォード・サンダーバード、『軽蔑』の赤いアルファロメオ、『はなればなれに』のシムカ・ウィークエンド・カブリオレ、『右側に気をつけろ』の黄色いフェラーリ……挙げればキリがない。
ワタシ的に印象深いのは、『気狂いピエロ』の赤いアウトビアンキ・プリムラと、青いアルファロメオ・ジュリア・スパイダーである。
仕事にも結婚生活にも退屈していた男(ジャン=ポール・ベルモンド)がかつて恋人だった女(アンナ・カリーナ)と再会、焼けぼっくいに火がつき一夜をともにするが、女がしでかしたと思(おぼ)しき殺人事件に巻き込まれてしまう。
プジョー404、フォード・ギャラクシー・サンライナーなどクルマを取っかえ引っかえ盗みつつ逃避行する2人。いちばん印象深いのは、赤いビアンキをベルモンドが、青いジュリアをカリーナがそれぞれ運転し、すれちがいざまに身を乗り出しキスをする場面。「男と女とクルマ」を究極にロマンティックに撮った名シーンだと思う。
ファム・ファタールに振り回され自滅していく男(ピエロ)の滑稽さが描かれるわけだが(当時、ゴダールとカリーナは夫婦だったが、この映画の撮影時には破綻。本作ではゴダールがカリーナへの思いを爆発させた、といわれている)、映画のラスト、女を殺してしまった男は、顔面を青く塗り、黄と赤のダイナマイトを顔に巻き付け、地中海を望む崖っぷちで爆死。水平線を映したラストシーンでランボーの詩「永遠」の一節が2人の声で静かに流れる。
「また見つかった/何が?/永遠が/太陽と共に去った海が」(訳:寺尾次郎)。
2022年9月13日、ゴダールは自らの意志で命を絶った。人間にとっての究極の自由を行使し、ベルモンドとカリーナのいる青い水平線の彼方へと溶け込んでいった。