「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:シボレー・コルベット スティングレイ

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第15回。前回の「シトロエンBX GTI 16V」も読む。

text&illustration: Izumi Karashima

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フリーウェイは運転するの
ではなく参加するもの

コルベット・スティングレイの運転席に腰かけ、指にはタバコをひっかけ、気だるい表情でこちらを見つめるディディオン。1968年、ジュリアン・ワッサーが撮影したポートレートで、マッチョなクルマとやせっぽちの彼女の対比が絶妙な“歴史的名ショット”である。

ジョーン・ディディオン。60年代“ニュージャーナリズム”の先駆者であり、小説家であり、映画の脚本家であり。現在、Netflixで彼女についての最初で最後のドキュメンタリー映画『ジョーン・ディディオン:ザ・センター・ウィル・ノット・ホールド』が配信されている。

80歳を超えたディディオンが自身の半生を振り返る内容で、身ぶり手ぶりを交え、ユーモアセンスたっぷりに話す姿が実に愛らしい。

「フリーウェイを運転することは、フリーウェイに参加することとはまったく違う。フリーウェイを“運転”することは誰にでもできる。そして、多くの人々は、ここでためらい、抵抗し、車線変更のリズムを失い、どこから来たのか、どこへ行くのかについて考えるのだ」。

ディディオンの名著『The White Album(60年代の過ぎた朝)』に収録されているコラムの一節である。これを読んだとき、目から鱗が落ちた。高速道路を走るとき、交通システムに「参加」するという感覚を持ったことがなかったからだ。

彼女はこう続ける。「参加するということは、そのシステムに完全に身を委ねること、麻薬中毒のような強烈な集中、自由な道への喜びが必要なのだ」。ディディオンのスティングレイは、ニューヨークからロスへ居を移したときに購入したものだったという。

なぜスティングレイだったのかは明かされておらず、60年代カウンターカルチャーという「フリーウェイ」に「強烈な集中力」で「参加」するためだった、とワタシは推測している。が、もしかすると、スティングレイの愛称が“コークボトル”だったからかもしれない。

当時彼女は、コカ・コーラが大好きで、毎朝瓶入りコーラを飲むのがルーティンだったという。ディディオンは2021年12月、共同執筆者だった夫ジョン・グレゴリー・ダン(03年没)と、一人娘クィンターナ(05年没)のもとへと旅立った。87歳だった。

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