チンピラと渋谷と黄色いシボレー・カマロ。
その昔、渋谷を仕切っていた安藤組の組長・安藤昇。作家・安部譲二は、自身のエッセイでこう回顧している。「当時(昭和28[1953]年)、俺の親分だった安藤昇が乗っていたのは、V8を載せたクライスラーだった。最末端のチンピラだった俺は運転なんかとんでもない話で、洗車をして磨きあげるのが精々だった」。
安藤は、1960年代に組を解散して俳優に転向、映画人となるが、こんな名言を残している。「ヤクザはやめたが漢をやめたわけじゃねえ」。ヤクザ未満の男たちを描いた映画『チ・ン・ピ・ラ』(1984年)。主演は柴田恭兵とジョニー大倉、原案・脚本は金子正次。金子正次といえば映画『竜二』(83年)だ。
カタギになろうとするも「漢であるがゆえに」ヤクザに戻ってしまう男の悲哀を描いている。金子正次自らが脚本を書き主演した自主制作映画。しかし金子は、公開直後33歳の若さで急逝した。彼が世に残した映画は『竜二』だけだが、脚本はいくつも残している。その遺稿の一つが『チ・ン・ピ・ラ』だ。
監督は『竜二』も監督した金子の盟友・川島透。舞台は80年代の渋谷。洋一(柴田恭兵)と道夫(ジョニー大倉)は競馬のノミ屋をやりながら面白おかしい日々を過ごしていた。ある日、“ケツ持ち”のヤクザ・大谷からシャブを預かるよう命じられる。
ヤクザになり切れない、もとい、大人になり切れない2人の“チンピラ”。バブル前夜、組織に属さず自由に生きていきたい、そんな若者が増え始めた時代だ。とはいえ、「非正規雇用」は、ヘマをすれば「社員」に叩きのめされる。洋一は泣きながら道夫につぶやく。「ヤクザがプロで、オレたちチンピラはアマチュアなのかねぇ。チンピラのプロってのはダメなのかねぇ」。
安部譲二が安藤昇のクライスラーを磨いていたように、洋一と道夫も大谷のシボレー・カマロをピカピカにする場面がある。安部譲二とは違い、彼らはそれを乗り回す。道玄坂、公園通り、スクランブル交差点。そして、渋谷駅に隣接する東急百貨店の屋上は、洋一と道夫の憩いの場。モラトリアムを許してくれる“サンクチュアリ”だった。それから40年近くが経った。渋谷は再開発が進み、サンクチュアリも解体された。