「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:フォード・グラン・トリノ

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第10回。前回の「プジョー403カブリオレ」も読む。

Text&Illustration: Izumi Karashima

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イーストウッドの魂と誇りが注入されたマッスルカー

クリント・イーストウッドは無類のクルマ好き。『続・夕陽のガンマン』出演時には、ギャラに加えフェラーリ1台を映画会社に要求したのは有名な話。 彼が監督・主演する映画にはよくクルマが登場する。とても印象的に。

近作でいえば、オンボロのクルマでヤクを運んで大金をゲットするとピカピカのリンカーンに乗り換える『運び屋』、現在公開中の『クライ・マッチョ』もそうだ。 『クライ・マッチョ』は年老いた元ロデオスター(齢90のイーストウッドが演じている)がメキシコの少年とクルマで旅をする話だが、シボレー・ピックアップトラックからのシボレー・サバーバン、フォード・ファルコンと来て、最後はメルセデス・ベンツ380SELをゲットするという、クルマの乗り継ぎ旅でもあるのが面白い。

そして、フォードの名車グラン・トリノを主役に配したのが2008年公開の『グラン・トリノ』だ。主人公は定年までフォードの自動車工を勤め上げたウォルト・コワルスキー(イーストウッド)。妻に先立たれ、デトロイト郊外の住宅地で一人暮らしをしている。フォード隆盛の頃に買った夢のマイホームだったが、気づけば周囲は移民の東洋人だらけ。若い頃に朝鮮戦争を経験しているウォルトは、東洋人を「米食いのグック」と蔑み、庭に不法侵入されればライフルを向ける。偏屈なウォルトに2人の息子たちは近寄らず、長男は日本車のセールスマンとなった。そんなウォルトが大切にしているのが、72年型のグラン・トリノ。”強いアメリカ"を象徴するマッスルカーだ。すると、隣に住むラオスからの移民モン族の息子タオがそれを盗もうとする。 事件をキッカケに、ウォルトはタオと関わりを持つようになり、父親のいないタオを「一人前の男」にすることに喜びを感じるようになっていく。それは衰退した自動車産業とともに失った"アメリカの魂"を、ウォルト自身の誇りを取り戻す行為でもあった。

ウォルトの「敵」として登場するのはアフリカ系不良グループとモン族系不良グループ、そしてウォルトの長男一家で、アフリカ系はシボレー・インパラ、モン族系はホンダ・シビック、長男一家はトヨタ・ランドクルーザーに乗る。絶妙な「配車」である。

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