〈真鶴出版〉を目指して歩くと、町名が「真鶴町岩」であることに気づいた。真鶴は石の町でもある。この地で採れる「本小松石」は江戸城の石垣にも使われたもので、皇居では今もその面影を見ることができる。
町役場の近くにある路地に入って少し歩けば〈真鶴出版〉だ。もともとは向かいの住居で開業したが、この一軒家を借り2号店として拡張。現在は2号店のみ営業している。1階部分は出版社兼書店、1階の奥にある部屋と2階部分は客室だ。書店の営業は金曜と土曜のみだが、はるばる真鶴を訪ねてきた観光客や、馴染みの客で賑わう。
川口さんは東京からの移住者。それまではIT企業に務めていたが、退職して出版社を立ち上げた。
「働くうちにやりたい仕事はこれだったのかなと思うようになったんです。大学時代に〈SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS〉でインターンをした経験もあったので、友人たちと雑誌作りを始めました。そのときに何もないところに本が生まれる魅力に気づいて、出版社を立ち上げようと思い立ちました」
同時に、宿業をやりたいという夢を持ち、フィリピンのNGOで宿泊の仕事に携わっていた奥さんの來住(きし)友美さんも忙しい日々に追われ、地方での働き方を考えるようになっていた。二人は知人である写真家のMOTOKOさんから真鶴の話を聞き、地縁も何もなかった真鶴のお試し移住へ。2週間ほど暮らしてみたところ、すっかり真鶴の虜になってしまった。早速住まいを移し、仕事を立ち上げることにした。
「最初、僕は出版、彼女は宿とバラバラでやろうとしていました。でも僕が〈真鶴出版〉を初めて、宿の名前を考えて候補を挙げているときに『真鶴出版でいいんじゃない?』と。『泊まれる出版社』というコピーも思い浮かんで、一緒にしたほうが面白くなるかもしれないと思ったんです。やってみたら意外と相乗効果があって、僕たちの出版物が宿のチラシにもなるんですよね。全国の書店にも本を卸しているので、本が宿の宣伝部門みたいな感じです」
立ち上げ当初は町歩きマップ『ノスタルジックショートジャーニー in 真鶴』を作り、真鶴名物でもある干物の魅力について綴った『やさしいひもの』を刊行。地元に根ざしたローカルな本や冊子の刊行を続け、2019年には2号店の立ち上げを軸に移住や起業について語った『小さな泊まれる出版社』を執筆した。真鶴での出会いも大きく、同じく移住組の画家・山田将志さんとデザイナー・鈴木大輔さんと作る『港町カレンダー』は今年で5年目を迎えた。
宿業はコロナ禍により一時期は厳しい状況になったものの、現在は1日につき1組を受け入れ、元気に営業中。またコロナ期間中、〈真鶴出版〉も所属する日本まちやど協会(町をひとつの宿と見立て、町ぐるみで宿泊客をもてなすことを掲げる宿が集まった組織)のZoom会議が活発になり、『日常』という雑誌の発行も始まった。発起人は谷中でホテルを営む〈HAGISO〉の宮崎晃吉さん。川口さんは編集長として、全国各地の編集部員たちと制作を取り仕切っている。
「“まちやど”を広めるための雑誌ですが、“これがまちやどです”と定義するのではなく、周辺をなぞって、そこに現れるのがまちやど的なものになったらいいなと思っています。なので日本まちやど協会の宿も登場しますが、そうではない全国各地の新しいお店なども記事にしています。2号目まで制作してきてわかってきたのは、編集部員全員が“いいよね”と感じるのが、老若男女と繋がろうとしている場所だということ。例えば銭湯だったら、番台がコミュニケーションスペースになっていて、常連のおばあちゃんも子供も集まってくるとか。若者だけとか移住者だけじゃなくて、いろんな人たちが入り乱れるというか。そういう場所が気になります」
東京から真鶴へと居を移し、今年で8年目。出版を通じて各地に真鶴を発信するだけでなく、宿泊客にも地元を一緒に散歩する「町歩き」を行い、その魅力を伝え続けてきた。『日常』の発行によって、さらに他の地域へと熱は飛び火している。
「以前から他のローカルな地域の人たちと何かやりたいなという思いはずっと持っていたので、『日常』を通じて新しい繋がりが生まれて嬉しく思っています。面白いのが、書店だけではなくてカフェや食堂まで“置きたい”と言ってくれること。秋田の喫茶店〈交点〉さんにも置いていただいて、初めて訪れたらとても素敵な場所でした。雑誌や紙媒体は物体として存在しているので、コミュニケーションツールになる。『日常』を通じて、新しい繋がりがどんどん生まれていったらなと思っています」