河林満『渇水』
明かされないからこそ、生々しい
今年映画化されたというニュースを目にして手に取ったのが「渇水」。もとは1990年に刊行された短編小説です。主人公は、市役所の水道部に勤める30代の岩切。水道料金の支払いが滞っている家庭の水道栓を閉める「停水」に携わる彼は、停水執行が迫るとある家庭の幼い姉妹と出会います。
そこから物語が動いていくのですが、この作品、読み手が知りたいことが絶妙に書かれていないんです。岩切の、非情な仕事に葛藤しているであろう気持ちも、停水が決まった家庭の幼い姉妹たちに対する気持ちも、彼を置いて家を出た自分自身の妻と子に対する気持ちも。
すべてが淡々としていて、さらっとしか表現されない。その消化不良感がリアルで生々しく、読み手にいろんな想像をさせるんですよね。細かく描かれていた方が、ドラマティックだろうけれど、この“不足”にこそグッときます。
ちなみに作中共感したのが、岩切が各家庭と踏み込みすぎないコミュニケーションをするところ。なぜか芸人としての自分を重ね合わせてしまいました。個人事務所に籍を置く僕の場合、周囲の芸人たちとの関係も、どこか踏み込みすぎないよう気をつけてしまうんですよね。
厄介な付き合いがないという多少の利点はあれど、『M−1グランプリ』や『キングオブコント』で優勝した仲間を泣いて労える結びつきの強さを、やっぱり羨ましくも思います。