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ラランド・ニシダの愛すべき純文学:又吉直樹『火花』

ラランド・ニシダがおすすめの純文学を紹介していく連載。前回の「有島武郎『小さき者へ』」を読む

edit&text: Emi Fukushima

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又吉直樹『火花』

又吉直樹『火花』
又吉直樹著。師弟に近い絆で繋がる2人の芸人。互いの道は次第に変化する。文春文庫/660円。

芸人同士の密な絆は、美しいか、枷か

芸人としても小説家としても偉大な先輩である又吉直樹さんのデビュー作です。売れない芸人の徳永が、天才肌の先輩芸人・神谷と心を通わせる過程が描かれるんですが、中でも僕が好きなのが、徳永の語りで繰り返される「僕は神谷さんの優しい声に弱いのだ」の一節。2人の温かな関係性が滲(にじ)み出る表現にグッときます。さらに、結末付近で神谷は、常人には理解し難いある突飛な行動に出るわけですが、そこをオチにせず、もうワンシーンを描いているところがいい。彼らの関係性が、変化しつつもこれからも続くことを示唆して筆を擱(お)くセンスに感服します。

ただこの作品、芸人になってから読み直すと苦しいほど情景が浮かんでしまうんです。ライブハウスのシーンが描かれれば、駅からの道のりや楽屋の空気まで手に取るようにわかりますし、極め付きは2人の関係性。僕には、師と仰ぐほど密な先輩芸人はいないので、小説を読むとこんな関係いいなと憧れます。

ただ実際には、先輩と後輩でつるんで満足し一向にうだつが上がらない芸人がいることも知っている……。真っ暗な世界の中で、徳永が懐中電灯を持って神谷を照らすことで、その周辺だけがぼんやり見えるような儚(はかな)い作品なのに、又吉さんがあえて照らしていない部分まで読むのってどうなんでしょう。読者としても後輩としても煙たがられないか、かなり心配です。

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