志賀直哉も訪れた、約1300年の歴史を持つ名湯
湯巡り、昼ワイン、ハシゴ酒、城崎の街全体が“一つの旅館”
待ってました!カニシーズンの到来だ。「この冬、カニを食べに(温泉へ)行った?」が関西人の常套句。かつて文豪が愛した名湯・城崎温泉は11月から翌年3月末にかけて「松葉ガニ」一色に染まる。宿に籠もり、贅を尽くしたカニ三昧もいいけれど、歩いて回れる街へ繰り出そう。新旧の酒場で地元の人に交じれば、城崎の本当の姿が見えてくる。
新顔も老舗も共に助け合う風通しの良い温泉地
昨今は文芸やアートの発信地として話題の城崎。アーティストをはじめ、世界中の人たちを魅了し続けるワケは、この地を誇りに思う街のプレーヤーの存在あってこそ。“温泉とナチュラルワイン”をテーマに掲げるビストロ〈オフ.キノサキ〉。
店主・谷垣亮太朗さんは、地域の生産者たちの価値をクリエイティブに伝えるシェフ。「ここは観光地だから、昼からワインは受け入れられやすいかなって。だけど予想以上でした」って、そうなります。
松葉ガニのメス・セコガニのパスタは、シーズン中に一度は食べたいと思わせる名作なのだから!セコガニの漁期は、資源保護のために12月末まで。出会えたらラッキーな限定パスタだ。
「この街にはいい店が多いから、オススメ教えますよ」と谷垣さん。城崎へ来るたびに感じるのは、人が温かくて風通しがいい温泉地だなってこと。「城崎という街が一つの旅館だからねぇ」とは、居合わせた〈オフ〉のコアな常連客。
大正14(1925)年に北但馬地震が起こり、城崎は焼け野原に。だけど地元人の“共助”の精神により、10年かけて復興。当時から今もなお、街全体で一丸になる精神が受け継がれているのだろう。谷垣さんに勧められた「おでん酒場〈ふくとみ〉へ行く」と、宿泊先の主人に伝えると「実は焼き鳥も旨いです。〆のおにぎりは必食」と丁寧に攻略法まで教えてくれるのだから。
歩いて巡れる外湯も酒場も地元人と観光客が同居
観光地へ行くと「あの店、地元の人は行かないね」という人気店に遭遇することも。観光客しか食べない、飲んでいない……という風潮があると地域性が理解されず、文化そのものが尊重されなくなる。城崎は関西きっての人気温泉地なのに、その時勢を感じないし、どの店でも新参客と常連がしっくり馴染む光景がある。
3代続く寿司〈をり鶴〉では、地物の握りはもちろん、活きの松葉ガニを「ウチらにとっても年に1度のご馳走や」と常連。
向かいにある居酒屋〈とみや〉は100種以上揃う単品が馴染み客を飽きさせない。
店のハシゴだけでなく「湯巡り」を楽しむのも、城崎の日常に触れる近道。街には外湯と呼ばれる7つの共同浴場があり、宿泊客は滞在中、何度でもどの外湯でも入れるパスがもらえる。ちなみに住民は入湯料120円。「〈柳湯〉は一番熱くて体が整う」と宿の女将が言うように、外湯は自宅のお風呂そのものらしい。
露天風呂〈御所の湯〉で出会ったおばちゃんは「いつも同じ時間に同じ外湯へ行くから、顔ぶれも一緒」って。ご近所同士の裸の付き合いには、なんだか身も心も温まる。泉質はすべて、温まりやすく湯冷めしにくいナトリウム・カルシウム−塩化物温泉。確かに、日本海側にありがちな、どんよりとした雲が漂う寒い夕暮れなのに、ホカホカ感が長いこと続く。
湯冷ましがてら立ち寄った〈てらたに酒店〉では、地元料理人のポップアップが開催中。「何事もチャレンジ。この街の交流人口が増えると嬉しいから」と主人は目を輝かせる。
温泉、宿、飲食店、ジャンルを問わずに「客はみんなの客」としてもてなす気風が城崎にはあるから、街にも人にも親近感がある。伊丹経由でコウノトリ但馬空港にアクセスすれば、思いのほか短時間。だから今冬、2度目の城崎旅を心に誓った。