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ハワイ

光の強度=存在の強度の独自世界を持ち得た人。|平野啓一郎

 森山写真を強く意識するようになったのは、2004年から1年ほどパリに滞在していた時。その少し前にカルティエ現代美術財団で個展が開かれたこともあり、周囲では話題の的だったんです。パリの街中で、ポスターなどで見かけるその作品は、日本で見るのとはまた違う強烈な存在感を放っていたのを覚えています。20世紀後半の美術を語る時のキーワードになるのは“かっこいい”だと僕は思うんです。定義の難しい言葉ですが、森

Hale Ho‘olana

 ハワイ語で「ラウ」は「葉っぱ」、「ハラ」は日本で言う「タコノキ」の意だから、ラウハラ=タコノキの葉。ハワイでは古くからその枯れた硬い葉を編み上げ、かばんやかご、帽子など生活にまつわるさまざまなものを作ってきた。伝統工芸として広く知られるラウハラではあるが、そのウィーバー(編み手)は減少しているのが現状であり、ワイルクにある島唯一の専門店〈ハレ・ホオラナ〉を経営するポハク・カホオハノハノはプロフェ

Pandeia

「FOLLOW YOUR INNER COMPASS」。ケルシー・ヴァンデ・ヴェルデンが自宅アトリエで作る〈パンデイア〉のウォッチにはそんな言葉が書かれたメッセージカードが添えられる。「一分一秒という正確な時刻でなくて、レイドバックした感覚で大まかな時間帯を感じるための時計。“島時間”みたいなものね」と彼女が語るように、この時計は機械式でない、Sun Dial=日時計だ。コンパスを内蔵した時計は、

Homme by Nature

 かつてハワイアンカウボーイたちが集う地だったマカワオはマウイの中でも小さな町ながら、近年新しくアートコミュニティが生まれて活気づく注目のエリア。その一角に、イタリア出身のマルコ・
ダニエレがメンズアパレルやライフスタイルグッズを扱う念願のショップ〈オム・バイ・ネイチャー〉を開店したのは昨秋のこと。すでにこの地で長いキャリアを持つ妻のショップ〈ピンク・バイ・ネイチャー〉とともにマカワオを象徴する存

Paia Tattoo Parlor

 誰もが年中薄着でいられるハワイのタトゥ率は当然高い。またその分タトゥアーティストも多いわけだが、〈プレートランチ〉のグレッグのサーフィン&スケートボード仲間であるネイト・ロバートソンのように、自らハンドメイドのタトゥマシンまで造ってしまう者は多くはないのだとか。
「昔はタトゥアーティストなら自分でマシンを造ったものさ。今はオンラインでもどこでも簡単に買えるし、既製品で済ませる人が多いけど、自分で

Plate Lunch

 もしよければ明日も取材させてもらえないか? と頼んでみると、グレッグもコーリーも「都合が悪い」との答え。何か予定でもあるのかと尋ねたら、「ハリケーン・サーフィン!」と声を揃えた。
 一年を通じて北東から吹きつけるトレード・ウィンドがハワイのほかの島々にはない独自の気候を生み出すマウイ島の、それもノースショアで生まれ育った兄弟  今年31歳になるグレッグと1歳年下のコーリーにとって、サーフィンは子

電車は焼け、自動車は壊れ、ガラスは溶けていた。|榮久庵憲司

5年後に日本に帰って一番困ったのが言葉ですね。へんてこりんな言葉を使ってました。ポリネシア語と英語と日本語が混ざってね。単語はわかるんだけれども、繋がったのがわからない。一番わからないのはツルカメ算でしたね。ハワイには鶴も亀もいないじゃないですか(笑)。もう一つ困ったのが生もの、生臭くて。弁当にタラコが入っているんですよ、食べられなくてね。タラコだとか、ウニとか刺身。今はもちろん食べますけれど、飛

白人の先生にお尻を叩かれたのを覚えていますよ。|榮久庵憲司

 東京の豊島区生まれですが、小さい時にハワイに行きました。父が海外布教に行ったんです。白人と移民の間にゴタゴタがあった時に調整するとか、日本の移民がハワイに行った時に生活が規則正しくできるかとか。コミュニティをちゃんと作れるようにと。そういうことは宣教師とか開教師とかでなければできない。向こうの白人のボスにも尊敬されなければいけないんですよ。5年くらいいました。ハワイでは白人だけではなく中国人もフ

テーマ〈アメリカ〉

やつい アメリカって、保険高いんですよね?
宮沢 うん。貧困層は入れない。病気になったら大変だよ。昔、他人の保険証借りて病院行っているヤツとかいなかった?
やつい 最近でもいますよね。僕の知り合いには。この間、サッカーしようって集まったら、後輩が全然アクティブな動きをしないんで、どうしたのかと思ったら「僕は健康保険に入ってないから、ケガするわけにはいかない」って。
宮沢 やらなきゃいい(笑)。